イジワル御曹司に愛されています
顔を伏せ気味にしているせいで、幾筋かの前髪が目を隠しているように見える。

それは、明るい色の髪を、いかにもそういう子にふさわしく長めに伸ばしていた、あのころの彼を思い起こさせた。


「あっ…あの、ごめん、もう少しまとめてから、メールします」


彼が軽く首をかしげるようにして顔を上げた。そうすると、そこにはさっぱりしたビジネススタイルの黒髪があるだけで、当時の面影を探すほうが難しい。

私の真意をうかがうみたいに少しの間こちらを確認してから、都筑くんは手帳を閉じた。


「そ」

「ごめんなさい」

「別に謝る必要ないと思うけど。それと前回、課長さんから相談されてた出展費用の件、セミナーの謝礼と相殺ってことで、どう?」


言いながら、一枚の見積もりを手元のファイルから出して机に置く。そこには決して安くない出展費用が、きれいに"講演企画料"で差し引きゼロにされた数字が記入されていた。


「こんなことしてもらって、いいの?」

「できる範囲で最大限、御社の要望に応えるのが、今の俺の仕事なんだよ」


助かるなんてものじゃない。松原さんとも一番頭を悩ませていたところで、この展示会に出展するとなると、決して少なくない費用が必要で、けれどまあ、ありていに言えば、うちにそんな予算はない。

開催は再来期なのだから、これから予算を取ればいいじゃないか、と普通に考えればなるものの、ここは一般企業と違って、かなりのお役所仕様。前例がないものに対して、異様に厳しい。

それしかないとなればあの手この手で予算承認にこぎつけるまでだけれど、万が一うまくいかなかった場合のリスクをわざわざ持つのも賢くない。

なにか手がないかな、と初対面としてはぶっちゃけすぎともいえる相談を、前回会ったとき、都筑くんにしていたのだった。


「出展料のほうが絶対に高いよね」

「こっちが相殺するって言ってるんだから、そこは気にしないでほしい」

「でも」

「そりゃ、かなり勉強させてもらったけどさ」


話がひと段落したと見たのか、都筑くんが広げた書類たちをまとめはじめる。


「当然、それでも全体見たらうちに儲けがあるからやってんの。そんな調整ひとつできないんなら、営業なんていらねーじゃん」
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