イジワル御曹司に愛されています
ファイルに収めて、鞄に入れる。ペンをスーツの上着の内側にしまうと、「じゃあ」と終わりの空気を出した。


「なにかほかにあったら、いつでも連絡して。次回のアポはまたメール入れる。課長さんいないと決められないだろ?」

「うん、ごめんなさい」


都筑くんが、用意していた言葉を急きょ引っ込めたような顔つきで、口を開けたまま黙る。

その"タメ"が私を委縮させることに、気づいていないんだろうか。


「…あのさ」

「はい」

「悪くもないことで謝るなよ、そのたび俺は、"いいよ"って許しを出さないといけないんだぜ、はっきり言って面倒くさい」


うっ。今こそ"ごめんなさい"の出番なのに、すでに封じられていてつらい。


「き、気をつけます」

「つけろ。別に営業を下に見ろっていうわけじゃないけど、クリーンエネルギー思想の先駆者と言われてるこの協会と取引できて、ありがたいのはこっちなんだ。少しは胸張れよ」


打ち合わせの終わった気楽さからか、都筑くんは椅子の背に体重を預け、脚を組んでいる。一方の私は、いまだにコチコチで、膝をぎゅっと閉じて椅子の上で直立不動。

そのとき、ふいに思考が降りてきた。


「わかった、さっき都筑くん、トロフィーとか盾のあるコーナーにいたんだね」

「え?」

「受付ロビーで、誰もいないと私が思ったとき。あそこからだと一か所だけ死角があるんだよね。受付カウンターのバックボードの裏。なんで気づかなかったんだろう、ああすっきりした」


つかえが取れた気分で胸をなでおろす。


「ひょっとしてうちの沿革とか理事長の言葉も読んでくれてた? そういうのちゃんとチェックするのもやっぱり営業のテクニックなの? この会社、いわゆる営業っていう職種がないから、なんだかすごく新鮮で、ビジネスの世界に生きてる人なんだなあっていうか…」


都筑くんの視線に気がついたのは、ひとしきり語ったあとだった。

またやった…!

どっと汗をかきながら、もう嫌だ、と自分のこのくせを恨んだ。ふとなにかを考えだしてはそれに没入して、その場の流れに関係ないことだったとしてもぺらぺらひとりでしゃべって、我に返って穴に入りたくなる。

普段口数が多いほうじゃないだけに、不思議ちゃん気取りと受け取られることもあって、昔からひそかに苦労してきたネガティブポイント。

大人になって少し改善された気はするものの、都筑くんの前だけでももう二回。たぶん緊張していたせいで、よけい出たのだ…。
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