スウィングしなけりゃときめかない!―教師なワタシと身勝手ホゴシャ―
頼利さんのこぶしが、膝の上に打ち下ろされた。
わたしは椅子から転げ落ちるようにして、頼利さんのこぶしに取り付いた。
「やめてください。痛いのは、ダメです」
ゴツゴツした形のこぶしが、わたしの両手の中で、力なく緩んだ。
「おれは、クレイジーになり切れなかった。家の事情なんか関係ねえって吹っ切れることができなくて」
当時の上條家の家計は絶望的だったけど、家族は決して絶望していなかった。
それだけが頼利さんにとって救いだった。
ご両親は会社を失ったし、おねえさんは旦那さんに裏切られた。
だけど3人とも、もう新しい仕事に就いて、あくせく働き始めていた。
頼利さんは音楽関係の伝手を頼って、この楽器店の仕事を得た。
バックバンドの依頼が舞い込めば、ジャズじゃなくても丁寧にこなした。
仕事の忙しいおねえさんを助けて、らみちゃんの面倒もよく見るようになった。
全部全部、頑張ってきて、借金をどうにか返して、今ここで生活している。
もうニューヨークには戻れない。
学ぶべき時間、伸びるべき時間を逃してしまって、今より上には行けないと感じているから。
「もったいないです」
絞り出した声は、情けなく揺れていた。
「何であんたが泣いてんだよ?」
顔を上げた頼利さんが優しく苦笑いして、わたしの頬に落ちた涙を指先で拭った。