勘違いも捨てたもんじゃない

「もう構わないから、好きなように食べていいからね」

そう言って、珈琲とデザートがあるから気をつけてと付け加えられた。

堪能するだけの量を食べ、デザートを頂いた。

「今日のこの料理は、誰が作ったのですか?」

「誰だろうね」

…内緒にすることかな…。別に誰でも構わないけど。試食した通りのこんな料理があるなら食べに行きたいと思った。

「季節によって入れ替えは多少するかも知れない。やりながら流動的にだな。ところで、転職の件は考えてくれてるかな?」

…考えていなかった。自分のこととしてそれほど深く受け止めていなかった。

「それは…特には」

「そうか」

…忘れていた。

「武蔵とは、あいつの誕生日以来、今日会うまで会って無かったのかな」

「え?あ、はい」

「まだ会わないようにしているのか?」

…そんなこと。

「そんな事はありません」

「そうか…」

…安住さんには関係ないと思うけど。

「会えていないだけです」

「恨めしそうに言われても、俺のせいじゃない。前にも言ったが、どうするかは武蔵の問題だ。だから言っただろ?会いたければ自分から行けばいいんだから。君だって待ってないで行けばいいじゃないか。我慢とか、よく解らないなんて感情、会ってしまえば簡単に解決するものだ。……人の心は移ろうものだ。恋する事に安泰は無い。大丈夫だと思って安心して何もしなければ、好きでは無い事と同じになってしまうよ?何も表現しなくて取り返しがつかなくなってから後悔しても、冷めた心は戻らない。一旦引いてしまった感情にまた火を付けるのは難しい。特に女性はね」

…引く…引かれてしまうようなこと…。冷める…。

「今日は会いました」

「会った。…そうだな。30分も一緒に居ないのに満足なんだ」

「大丈夫です」

「そうか」

…満足。それは違う。

「私なら、…迎えに行けと言われても行かないけどね。自分で行ってくださいと言う。そして、わざわざこの部屋に連れて来たりしない。
二人きりにはさせない。自分も居ます、と言うがな。……どうしてだろうな…二人で来いと言っておいたのに」

「え……。あ。それは、武蔵さんは貴方の秘書だからです」

「秘書なら何でも言う事を聞くのか」

…辞めたっていいって言っていた。社長と秘書の関係でも、引くつもりは無いって。…じゃあ、何故、今、居てくれないのだろう。……駄目駄目。これはまた、この人の暗示よ。惑わされては駄目。武蔵さんは真面目に仕事をしているだけだから。

「では仕事抜きで。明らかに気があると解っている人間に、差し出すような事をするのは何故だ。客観的に考えてみなさい」

客観的に?……それは…、自分は特に関係ないから。何とも思って無いとできない。…好きじゃ無いから……できる。
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