勘違いも捨てたもんじゃない

「ふぅ…。訳が解らなくなって、混乱して、落ち着かなくなって、じっとして居られなくて。
片付ける事で自分を落ち着かせようと思ったのか?」

…まだ混乱してるってことだ。

「今日、ご飯は食べたのか?」

…首を振った。

「はぁ、…なんだ。きっちり食べないと駄目な人間なんじゃなかったのか?」

…言ってみたところで、無理なことは俺にだって解る。酷く疲れた顔をしている。眠れてもないのだろう。

「俺、まだ晩飯食ってないんだ…」

ま…作戦としては浅いな。簡単に読まれてしまうだろうが、それでもいい。

「下で待ってるから、身支度を整えたら下りて来てくれるか」

…自分より人を優先に考える高鞍だからこそ、言ったことを理解してくれると思った。

「車、駐車違反になってるといけないから下りるぞ。来るまで待ってるからな。じゃあ、後で」

「あ、課長…」

そんな一方的な…。課長の気遣いは充分伝わって来るけど。

「気持ちはゆっくり、動作は早めに頼む。ハハハ、難しいだろ?今は出掛ける準備だけに頭を働かせる事だな」

どのくらい待たせても、きっと行くまで下に居るつもりだと思った。…こうしてどうしようかと迷っている間も、既に待たせているのは確か。……ふぅ。
シャワーを手早く済ませ、服を着て、化粧をして下に下りた。
課長はやっぱり居た。待っている時間、一時間はとうに超えていると思う。…はぁ。すみません。頭も動作もノロノロで。
車に近づき運転席の窓を軽くノックした。

「お、来たか。待ちくたびれたぞ」

「…すみません、あの…」

「いいから。…待てよ…」

課長はドアを開け降りると、私の手を引いた。

「課長?!」

「ちゃんと乗せないと、謝りに来ただけかも知れないからな」

「課長…」

ドアを開け、乗るように促せながら言う。

「何が食べたいなんて聞いても無駄だろ?」

「…はい」

「ん、じゃあ、任せてもらうよ」

眼鏡を軽く押し上げると車を出した。

「さて、どこに行こうか…お酒を飲む訳でもないしな…」



「でも結局、居酒屋だ」

ガラガラと引き戸を開け暖簾をくぐってお店に入った。

「あぁ、いい時間帯だ、人が多いな…周りが賑やかな方がいい」

あ、…。その配慮、解ります…。何を聞く訳にもいかない、話もなく、沈黙しては益々ご飯なんて食べられないだろうって。

「適当に頼むぞ。何か好きな物はないか?」

「玉子焼き…」

「ん?玉子焼きが食べたいのか」

「…はい。何だか食べたくなりました」

「よし、いいぞ。では玉子焼きも追加で…」


何も聞かれない、何も話さずただ食べた。
小さく一口、二口と玉子焼きを食べていると、何だか実家を思い出した。お弁当にいつも入っていた…。甘い玉子焼き、大好きだったな。

「他の物も食べろ。もう食べられるだろ」

「あ、…はい」

一人では食べられなかったと思う。誰かとなら食べられるなんて…。

「一口入れる度、なんだか力が湧いてくるだろ?」

「はい」

その通りだと思った。食べた物が頭に身体にしみ渡る。
そうして食べ終わり、また家まで送られた。

「帰って部屋に入ったら、片付けなんて、もうしようと思わなくなってるはずだ。そんなもんだ。休む事、気にする事はない。ゆっくり休むんだな」

おやすみと言って帰って行った。
< 136 / 150 >

この作品をシェア

pagetop