勘違いも捨てたもんじゃない
衝動の我慢?本能的な心を抑える為?
違う…、違う。そんなのは違う。こんな夜中にいきなり来て待ってるなんて。非常識なんだから。勝手にずっと待ってるでしょ…。それでいいって、構わないって言ってたし。それに応えないこと、罪悪感に耐えるという意味で我慢だ。
…好きな人ならどんな時間だって非常識なんて思ったりしないのよね。むしろ、会いに来てくれたって…嬉しくなっちゃうものだ…。はぁ、…もう。あなたは武蔵さんじゃないんだから。
【下りて行きませんから、帰ってください】
人としての義理は果たしましたからね。断りまで伝えました。…いよいよ根比べ?更に…我慢よ。ここでチラッと覗いて見たりしてはいけない。頭のきれる人だ。そうする事を待ってるかも知れない。こんな時オートロックで良かった。部屋はうっかり出た事でばれてしまっただろうけど、もし呼び出されても開けなければいいんだから。いきなり部屋には来られないで済む。…はぁ。こうなると気になって寝るに寝られない…。帰った事すら解らない。
ピンポン。
…え?いきなり部屋のインターホン…誰?…まさかよね…。武蔵さんは有り得ないでしょ?
ピンポン。
どうしよう…。
ピンポン。
…開けられないでしょ…。
ブー、…。
【一緒に入って来た人が不審がる】
安住さん、え?はい?どういう事?
【下で知り合いの部屋を忘れたと言ったら、親切な女性が一緒にどうぞと入れてくれた。二階だと言ったら一応確認だとついて来た。今、部屋を思い出した振りをして押してる。だから開けてくれないと私は不審者になってしまう】
あ…もう。そんな…勝手なこと。女性って…それも本当かどうかも解らないから。この人はとても言葉巧みだから。
ピンポン。
…もう、どうなってるのよ…。カ、チャ。
「あず…」
「あ…。真希、寝てたのか、ごめん、起こして悪かったな…」
え、え?えー、何?……これって、もしかして小芝居ですか?開けるなり、有無を言わさず抱きしめられた。しかもジャケットで包むようにしてだ。な、に?これ。必要以上に密着するというのに。
「あ、では…私は」
「ああ、すみませんでした、有難うございました。ごめんな…、真希」
更にギュッと抱きしめながら、少し首を後ろに向け、挨拶している。私からは困惑した顔に変わった女性が見えていた。
「あ、どうぞ、あの、どうぞお気になさらず続けて。…ラブラブ過ぎて妬けてしまうわ」
カツカツカツと足早に去って行った。エレベーターに乗ってる。
はい?え?そんなんじゃないですけど?…。どうやらメールの内容は本当らしかった。本当といってもこれは、こんな関係性ではない、そこは嘘。あぁ、落ち着いている場合じゃない。…いつまでもこれって、…。
「あ、安住さん?」
「待ちくたびれたんだ」
「え?」
「君に焦らされた。延々朝まで待ってるつもりだったけど。はぁ…、君は駆け引きが上手いのかな…」
駆け引きはしていない。素直に拒否しただけ。
我慢しただけ。むしろ、上手いのは安住さんの方でしょ…。
「あ、の、安住さん?」
この香り…今夜も爽やかでスパイシー…、ちょっと煙草の香りもしている。待ってる間も吸っていたのだろう。抱きしめられてこの香り…って。まるでパブロフの犬……。あぁ、この香りに何だか惑わされそうになる。…いけない。
「あ、離してください?もう女性はいませんから。これ以上誰かに誤解されては…」
「私は困らない」
それは以前伺いました。私が困るのです。
「君は困る事になるよ?」
そう、私が困る。だから離して欲しいと言ってます。
「離れると君の露出度の高いキャミソール姿を私が直視してしまうが、いいのかな…」
え?そう言いながらすっと離れ、素早くジャケットを脱ぐと肩から掛けて前を合わせボタンを一つかけた。
「夜分いきなり訪問した私が悪いのだが…」
あっ!!やっと意味が解った。私が着ていたのは長めのキャミソールタイプの部屋着。腕とか胸元とか露出は多い。困るのは本当に私だ。…だけど、夜分だし、ここは自分の部屋。突然訪問されたからよ…これは負け惜しみじゃないから。