勘違いも捨てたもんじゃない
「ちょっと来て、高鞍」
「はい」
何だろう、…まさか痴漢らしき怪しい人物の特定でも出来たとかっていう報告?
「ほい」
カフェラテを渡された。
「有難うございます、いつもすみません、入れて頂いて」
「なんのなんの、セットしてポチッとするだけだろ?」
まあ確かに、そのように何でも無いように言われてしまうとそうなんだけど。
「はぁ、平和だな」
「え、はい、まあ」
課長、平和なんだ。いつもの長椅子に並んで腰掛けた。
「あれからずっと大丈夫だよな?」
痴漢?セクハラ?…よく解らないと言っていた話の事?…それは解らないから関係無いか。
「痴漢ですか?」
「ああ、痴漢。遭って無いよな?」
…無いよなって言えるってことは…。
「ん゙、まさか…俺の目をかい潜る兵が居るのか?」
やっぱり…これではっきりした。どうやら一緒の車両で通勤していたらしい事。
「まさか、帰りに遭っているのか?」
…帰りは一緒なんて無理だと思うけど。
「いいえ、朝も帰りも遭って無いです」
「そうか良かった。帰りは流石に一緒の時間は無理だからな、遭ってたらどうしようかと思った」
「はあ、まあ、…大丈夫です」
「うん、良かった…」
…ん?もういいのかな?
「課長、では…そろそろ仕事に戻りましょうか」
「…高鞍」
「はい」
「…そろそろいいかなと思うんだ」
「はい」
だから、戻りましょう?
「気持ちも落ち着いたと思うんだ」
「はい?」
まあ…痴漢には遭って無いし、セクハラも無い。その点では落ち着いている。
「つき合ってみないか、結婚を前提に」
……え?はい?
課長は眼鏡のフレームを軽く押し上げた。レンズの奥の目が真剣だ。手を握られた。…え…ぇえー?!
「課長、あの…」
「嫌な思いをしたことは、徐々に忘れていけると思うんだ。…俺はバツ一だ。こんな…極々普通の何の取り柄も無い男だから…飽きられた。…捨てられたんだ」
えー…、そんな事まで…、会社の一角で言っていいのですか。それより、何…結婚です?!
「あ、あの…」
こんな流れになるなんて…。
「若い頃、ほんの数年で終わってしまったよ。
真面目だけが取り柄の男だ…。上司という立場から言ってるのでは無いから。それだとパワハラだと思われては困るからね」
全部知ってる私の弱みにつけ込んだとか、こういうことになると気になってしまうのかな。
「それはパワハラには当たらないと思います」
じゃないと、課長に限らず、社内で好きな人に好きだと言えなくなってしまう。
「…どうだろうか、高鞍。俺は結婚相手として考えられないか?やっぱりつまらない男かな…」
いや、待って、待って。待ってください。
どうして、まず先に、好きな人は居ないかと、確認してからにしてくれなかったのかしら。
ここで、そんな事はないです、実直でとても信頼できます、と言ってしまっては…。では、となってしまう。……あぁ、そうか。嫌な思いをしてるから、まだ、男性とはそんな気は起きない、そう思っていたのかも知れない。だから好きな人は居ないだろうと。当然つき合っている人などいないと思ってる訳だ。だからこんな話に…。
「課長、ごめんなさい。私、今、好きな人が居るんです」
…あ、どうしよう…。ずっと良くしてもらってるのに。でもそれとこれとは……。
仕事、辞めないといけない?…居られなくなるかな…。