猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
先日、自分は家の者たちにこんな思いをさせていたのかと、ますます以て反省した。

「ああ。それでしたら、あっちですわ」

庭師は鋏を持った手で真っ直ぐ東を指す。それにつられて首をひねってみても、草原と点在する小さな林があるだけ。

「あの林の向こう側にある香草畑にいらっしゃるはずなんですが。ーー馬車をお出ししましょうか?」

遠くに見える林までの距離を目測して、グレースは有り難い申し出を断る。

「大丈夫よ。あなたは自分の仕事をなさって。マリ、行きましょう!」

「はい?あ、奥様……」

一瞬悲痛な面持ちになったマリだったが、主人が裾を蹴り上げるように大股で歩き始めてしまったので、急いで後を追いかけた。

グレースの読みよりも遠かった林の入り口に着くころには、うっすらと額に汗が滲む。中を突っ切った方が近道なのはわかるが、晴れた空の太陽は真上にあるというのに、林の中は木々が鬱蒼と茂り薄暗い。足を踏み入れるのは無謀であることくらい、彼女にも理解できる。
もうひと頑張り、と林の縁の添って歩き始めたところで後ろからガラガラと賑やかな音が聞こえてきた。

「やっと追いつきました」

荷馬車でやってきたのは、先ほど会った庭師のヘンリーだ。

「わざわざ来てくれたの?」

「大旦那様にこれをお届けするよう、カーラに頼まれたんですよ」

御者席の脇の置いた籐かごを示した。伏せた布からはみ出ているパンの頭から察するに、中身は軽食のようだ。

「奥様たちの分も追加してもらいましたから、安心してください」

主を荷台に乗せることに恐縮するヘンリーへ礼を言い、さすがに足が疲れ始めていたグレースはマリとふたりで乗り込んだ。

馬の脚はやはり早い。あっという間に林を回り込んで、反対側の粗末な小屋がみえてきた。
その脇にある畑にしゃがむ人影を発見し、グレースは堪えきれずに笑ってしまう。本当にあのオルトンが畑仕事をしているのだ。

停まった荷馬車から飛び降り、邪魔な裾をたくし上げて駆け出す。その姿は十代半ばの少女のようだ。

「お義父様っ!」

畑の端まで近寄り叫べば、香草畑の中程で立ち上がり腰を伸ばしていたオルトンが目を瞠る。手を振って到着を知らせたグレース見留めると、破顔して応えた。
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