猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
食後のお茶まで飲み干したグレースは、質素な建物の中をぐるりと見渡した。

「ここはだれかが住んでいたのでしょうか」

それほど多くはないが生活感を感じる調度が置かれ、一時的に使う作業小屋というよりも住居といった印象がある。オルトンは頷き、壁に造り付けられた棚から陶器の壺をひとつ手に取った。

「以前、当家にいた香薬師が」

振るとカラカラ音がする。蓋を開けた底の方には、なにかの種子が残されているようだ。
グレースは古い記憶の中から、ラルドとロザリーが話していた内容を引き出すことに成功した。

「とても良い腕の持ち主だと聞いたことがあります。その者は今どちらに?」

「おや、ご存じでしたか。数年前に亡くなりました。なにぶん高齢でしたので」

オルトンは手の平の上に出した焦げ茶の種を転がす。

「ですが、その弟子がサランで商いをしておりましてね。なかなかの評判らしい。今度、貴女用に調合させたものを取り寄せてお届けしましょう。少しでも懐妊の助けになるかと……」

パラパラと種子を戻したオルトンが壺から顔を上げる。グレースが表情を曇らせていたことに、そこでようやく気がついた。

「これは失礼を申しました。どうも私は昔からご婦人の気持ちを慮ることが下手らしい」

「いいえ。前当主として当然の心配です」

跡継ぎが産まれなければこの家の存続に関わる。オルトンが、一日も早い妊娠を望むのは至極もっともな話。
グレースは痛みを訴える胸を押さえて頭を下げた。

「至らぬことばかりで申し訳もありません」

「あ、いや。そうではないのです。そればかりでは……」

椅子を軋ませ、オルトンはもう一度席に着く。

「もちろん後継は欲しい。だがそれと同じくらい、アレに『家族』を持たせてやりたいと願っているのです」

顔を覆った大きな手の隙間から長い嘆息が漏れた。

「私はラルドから、ずいぶんと多くのものを取り上げてしまったから」

「お義父様、それはいったい?」

富も名声も、優れた容姿さえもっている彼から、義父は何を奪ったというのか。
グレースは訝しむが、オルトンはゆるりと首を横に振る。

「どうぞ忘れてください。こんな辺鄙な土地にこもっていると暇を持て余し、つい昔のことばかりを考えてしまっていけません。歳はとりたくないですな」

重たげに腰を上げ表へと向かう。

「なに、焦ることはありません。私の妻がアレを産んだのは、今の貴女より五つほど上の時です」

励ますつもりの言葉がさらにグレースの心を抉ったが、オルトンはそれさえも気づかずにいる。

「さて、姫様のお手並みを拝見させていただきましょう」

振り返って薄く笑んだ瞳が、あの秋の薔薇園で見たラルドのものに重なりグレースの胸が詰まった。




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