猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
ラルドは幼い時期に母親と姉を亡くしており、血縁とは縁が薄いのかもしれない。その上、ロザリーという最愛の人までも。
『家族』と聞きグレースの脳裏に浮かんだのは、城館の奥まった場所でみつけた一枚の絵だった。
厳格な父と気品溢れる母。優しげな笑みを湛える姉に緊張した面持ちのラルド。正に絵に描いたような貴族の姿が収められた家族の肖像画。
だがグレースは、その理想的に描かれた人物たちから何故かちぐはぐな印象を受けた。
その違和感が何かはわからない。第一彼女も、『普通の家族』がどういったものなのかを知らないのだから。知らないからこそ、憧れていたのだ。
ラルドはいったいどのような家庭を欲しがるのだろう。そして、自分はそれを彼に与えることができるのか。
悶々とした思いを抱えたまま農作業に没頭したグレースの勢いは、オルトンやマリを唖然とさせた。雑草取りに夢中になりすぎて、やっと芽生えた香草の芽までも抜いてしまい、ふたりに呆れられたほどだ。
日が西に傾き始め、汗をかいた身体を撫でる風の温度が下がってくる。迎えに来たヘンリーの荷馬車に再び揺られ、グレースたちは屋敷に戻ることにした。オルトンは朝乗ってきた自分の馬を駆り、颯爽と先に帰っていく。
屋敷に到着し荷台から降りるグレースを、眉間のシワをこれ以上ないくらいに深く刻み、身体の前で手を白くなるほど固く組んだカーラが待ち構える。
「お帰りなさいませ」
あくまで冷静な声音を崩さずひくりと片頬を引きつらせる。剣呑になった瞳の色に、グレースの後ろでマリが息を呑む音まで聞こえた。
「散策に行かれたのではなかったのですか?」
「え、ええ。ちょっと林の向こうまで」
主の乱れた髪をした頭のてっぺんから泥だらけのつま先まで、舐めるように視線を往復させてから、これ見よがしに盛大なため息をつかれる。
「その服はどうされたのでしょう?ただの散歩でそこまで汚れることはありますまい」
彼女がなにをしていたのかは、先に戻っているはずのオルトンから聞いているはず。それでも本人の口から言わせたいらしい。
「畑の仕事を手伝っていました」
目を逸らし、叱られた子どものように口を尖らせる。
「……服くらい、洗えばいいじゃないの」
小声のつもりだった独り言はしっかりカーラの耳に届き、目尻をつり上げさせる。
「その汚れの洗濯を誰がするとお思いですか?あなた様は、泥汚れがどれほど落ちにくいものかご存じないのでしょうか!?」
ついに落ちた雷にグレースは首をすくめた。曲がりなりにも元王女は、そこまで考えることはできなかったのだ。
「次回からはもっと適した格好をご用意いたしますので、きちんとおっしゃってくださいませ」
「え、いいの?」
てっきり畑に出たことを咎められたのだと思い込んでいたグレースは面食らう。今度は反対にカーラが肩を竦める番だった。
「この程度でいちいち驚いていては、『王女様』付きの侍女など務まりません。さあ、早くお着替えを。本日の晩餐は、新鮮な香草をふんだんに使ったものになるそうですから」
『家族』と聞きグレースの脳裏に浮かんだのは、城館の奥まった場所でみつけた一枚の絵だった。
厳格な父と気品溢れる母。優しげな笑みを湛える姉に緊張した面持ちのラルド。正に絵に描いたような貴族の姿が収められた家族の肖像画。
だがグレースは、その理想的に描かれた人物たちから何故かちぐはぐな印象を受けた。
その違和感が何かはわからない。第一彼女も、『普通の家族』がどういったものなのかを知らないのだから。知らないからこそ、憧れていたのだ。
ラルドはいったいどのような家庭を欲しがるのだろう。そして、自分はそれを彼に与えることができるのか。
悶々とした思いを抱えたまま農作業に没頭したグレースの勢いは、オルトンやマリを唖然とさせた。雑草取りに夢中になりすぎて、やっと芽生えた香草の芽までも抜いてしまい、ふたりに呆れられたほどだ。
日が西に傾き始め、汗をかいた身体を撫でる風の温度が下がってくる。迎えに来たヘンリーの荷馬車に再び揺られ、グレースたちは屋敷に戻ることにした。オルトンは朝乗ってきた自分の馬を駆り、颯爽と先に帰っていく。
屋敷に到着し荷台から降りるグレースを、眉間のシワをこれ以上ないくらいに深く刻み、身体の前で手を白くなるほど固く組んだカーラが待ち構える。
「お帰りなさいませ」
あくまで冷静な声音を崩さずひくりと片頬を引きつらせる。剣呑になった瞳の色に、グレースの後ろでマリが息を呑む音まで聞こえた。
「散策に行かれたのではなかったのですか?」
「え、ええ。ちょっと林の向こうまで」
主の乱れた髪をした頭のてっぺんから泥だらけのつま先まで、舐めるように視線を往復させてから、これ見よがしに盛大なため息をつかれる。
「その服はどうされたのでしょう?ただの散歩でそこまで汚れることはありますまい」
彼女がなにをしていたのかは、先に戻っているはずのオルトンから聞いているはず。それでも本人の口から言わせたいらしい。
「畑の仕事を手伝っていました」
目を逸らし、叱られた子どものように口を尖らせる。
「……服くらい、洗えばいいじゃないの」
小声のつもりだった独り言はしっかりカーラの耳に届き、目尻をつり上げさせる。
「その汚れの洗濯を誰がするとお思いですか?あなた様は、泥汚れがどれほど落ちにくいものかご存じないのでしょうか!?」
ついに落ちた雷にグレースは首をすくめた。曲がりなりにも元王女は、そこまで考えることはできなかったのだ。
「次回からはもっと適した格好をご用意いたしますので、きちんとおっしゃってくださいませ」
「え、いいの?」
てっきり畑に出たことを咎められたのだと思い込んでいたグレースは面食らう。今度は反対にカーラが肩を竦める番だった。
「この程度でいちいち驚いていては、『王女様』付きの侍女など務まりません。さあ、早くお着替えを。本日の晩餐は、新鮮な香草をふんだんに使ったものになるそうですから」