猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
晩餐時にはオルトンもきちんと身なりを整えて席に着く。その姿は王宮で見ていたものと何ら遜色がなく、威風堂々たるものだ。以前のグレースだったら気後れして話しかけることなどできなかっただろうが、今日ともに畑に出たことが義理の父娘の距離をぐっと縮めさせた。

「お義父様はどうして畑仕事をするようになったのですか」

グレースたちが採ってきた香草と一緒に煮込んだ鹿肉は、口の中で蕩けるほどに柔らかい。宮廷の晩餐会で出される料理にも引けを取らない味に、舌鼓を打ちつつ会話を広げた。

「身体を動かしていないと鈍ってしまいますから。それにこれからの季節は薔薇畑の方に人手をとられて、屋敷の小さな畑にまで手が回らないのですよ」

「薔薇……畑?」

「ええ。観賞用とは別に、領内で加工用の薔薇の栽培を始めたのです。ラルドから聞いていませんか?まだまだ栽培面積も狭く試作段階ですが、将来的にはこの地方の特産にするつもりとか。まったくもって気の長い話だ」

息子の壮大な計画を語るオルトンの口調は、呆れが混じりながらもどこか誇らしげに聞こえる。グレースは作法を忘れて手が止まった。

「もしかして、紫の縁取りのある白い薔薇?」

婚礼の夜に寝室を飾った美しい花の姿と香りが、すぐさま脳裏に蘇る。たしかに強い香りだったが、あれが加工用とは少しもったいない気もする。

「初夏にかけてが最盛期となりますので、任せている者に言わせれば、猫の手でも借りたいくらいだそうで」

「それだったら、ジムも連れてくればよかったかしら。なにかの役に立ったかもしれません」

不思議そうな顔をした義父に、グレースはコロコロと楽しげに笑い、黒い愛猫のことを説明した。すると彼も、相好を崩して話に聞き入る。

こんな穏やかで明るい正餐はいつ以来だろう。気まずい雰囲気のままラルドとした最後の食事風景を思い出し、再び手が止まってしまった。
そうしてしまった責任の一端は自分にある。せめて食事の時くらいは楽しい時間を過ごせるようにしたい。そう思い、口角に意識を集中させ、必死に引き上げるよう努めてみせる。

「畑の方はまだですが、温室には咲いている株もあるはずなので行ってみては?ここからでも、十分日帰りできる距離ですよ」

オルトンの声でよそに傾けていた意識を戻した。

「その温室というのは、白薔薇館というところにあるのですか?」

「少々離れていますが、両方ともにミスル湖の畔に建っています」

「ミスル湖。たしかフィリスが……」

入水した湖の名だ。ロザリーたちの墓もそこにあると聞く。
ラルドが到着するという話はいっこうに届かない。それならばせっかくの機会だ。

「さっそく明日、行ってみてもよろしいでしょうか」

確証などないが、そこに行けばなにかが変わるような予感がするグレースだった。
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