猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
すっとラルドが目を細めた。薄い唇の両端がゆっくりと上げられる。

「なにがおっしゃりたいのか、わかりませんが」

撒いた餌にラルドが引っかからないので、リオスは武人らしく単刀直入に訊いてきた。

「亡くなられたというフィリス王女は、実のところ王子だったのでは、という話です。申し込まれた縁談を断る口実に、死亡説をでっち上げた、とか」

「フィリス様は私と結婚の約束をしていたのです。そこに横槍を入れられただけ。初めからお断るするはずの縁談でした」

「では、なぜ結婚を目前にして自死なされた?」

やや語気が荒くなるリオスにも、ラルドは動じることはない。口元の笑みを深めた。

「逃げたのですよ、あの方は。己の役目を全うすることから」

とても自国の王族に対するものとは思えない物言いに、リオスは眉をひそめる。それに対し、ラルドが自嘲の笑みで応えた。

「私では王女を支えるには力不足だったということなのでしょう。まったく情けない限りです」

リオスはまだ不審の色を消さすに、訝しげな視線を向けてくる。ラルドは小さく息を吐く。

「後見だった当家が、あの方の性別を偽ることになんの得があるのでしょう?逆ならまだ考えられなくもありませんが」

クレトリアの王女に王位継承権はない。イワンと次期国王の座を争う位置に立つことさえ適わないのだ。その必要性はどこにあると説く。

「それでもまだお疑いになるのでしたら、まずはご自分の目を医師に診てもらった方がよろしいのでは?」

ラルドは夜空の色にも似たリオスの瞳を真正面から見据える。

「なぜ目などを?」

「五年前の建国記念祝典にいらした際、リオス殿も目になさったはずです。我が国の王女を。あの姿が貴方には男に見えたのでしょうか。でしたら、相当の節穴かと」

「なっ……!?」

言われるまでもなく、あの日垣間見たフィリス王女の可憐で清楚な姿は、この目裏にしっかりと刻まれている。父娘ほどの年の差もわきまえず、女神の降臨かと見惚れてしまったくらいだ。
彼女を男だというものは、千人いてもみつからないだろう。

浅黒い顔でもそれとわかるほど顔を紅くしたリオスは、反射で腰にもっていった手が空振り舌打ちをする。愛用の剣は外したままだった。

よくも、こんな血の気の多い者を国交の歴史が浅い異国への使者にしたものだ。半ば呆れつつ、ラルドはさらに続けた。

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