好きにならなければ良かったのに

――翌朝のこと。

 美幸は一人寂しく目覚める。広いベッドに一人だけ布団を被り眠るのが、これ程寂しいと感じたことはない。寝室を同じにしてから同じベッドで寄り添う様に眠って来た。
 結婚して朝まで一緒に眠るのは新婚旅行以来だと思うとドキドキが止まらなく、幸司の温かい胸に擦り寄って眠るのが恥ずかしかった。

 愛おしい男性に抱きしめられ眠る幸せに酔っていた美幸だったが、ここ数日はずっと一人で眠っている。妊娠が発覚した今、本当は妊娠を告げて、二人で赤ちゃんを授かった喜びを分かち合う筈だった。
 けれど、妊娠を告げられず、傍に居て欲しい幸司は何処にもいない。

「良く眠ったわ。今、何時かしら?」

 窓から入る日差しの強さに、既に朝とは言えない時間なのだろうと体を起こす。妊娠したと分かると妙なものでお腹を庇う様に体を起こす。
 これまでは何も考えずに、腹筋に力を入れることなど何とも思わなかったのに、幸司の子どもがお腹にいると思うだけでとても愛おしくて抱きしめたくなる。

「昨日はあんなに悩んだのに。やっぱり、この子は幸司さんの赤ちゃんだから」

 お腹を両手で抱きしめると美幸の目尻から一滴の涙が流れる。幸司に離婚すると言いながらも、幸司の子を妊娠しそれがこれ程愛おしくて幸せを感じるなんてと、美幸はとても複雑な気持ちになる。

「何か食べなきゃ。また、怒られるわ」

 昨日の診察で、美幸は鉄欠乏性の貧血だと言われ鉄剤を処方された。そして、食が進まないのはつわりが原因でもあるからと、しっかり食事は取るように注意された。それも、全ては健康な子どもを産む為のもの。
 美幸は遅くなった朝食を取る為に朝の身支度を始める。

 いつもなら朝になると誰かが起しにやって来る筈なのにと、こんな日もあるものだと苦笑しながら階段を下りて行く美幸は、階下の方がやけに騒々しいと思いながら階段を下りて行く。

「いえ、こちらには……、昨夜電話を掛けたのですが、それ以降全く連絡はありませんが」

 執事の遠藤が誰かと話をしている様子だが、その声が切羽詰まったような声に聞こえてくる。来客でもあるのだろうかと思いながら階段を下りると、玄関ホールのところで使用人が何人も集まっては遠藤が電話で話をしている。

「何かあったの?」

 美幸が一階へ下りて行くと、その姿を見た使用人皆の顔が気まずいものへと変わる。まともに美幸の顔を見れずに皆は遠藤の後ろへと回り俯いている。

「何があったの?」
「実は……」

 遠藤は美幸の顔を見ながらかなり表情を歪めた。

< 169 / 203 >

この作品をシェア

pagetop