好きにならなければ良かったのに
「私、会社へ行ってみるわ」
「いいえ、会社へは行かれていないのですから無駄です」
確かに無駄かも知れないが、もしかしたら晴海が何か事情を知っているのではないかと、そんな疑いを持っていた。だから、美幸は会社へ行く必要があると思えた。
「いいえ、何か分かるかも知れないので行ってみます」
「でも、奥様はお体が……」
美幸は自分が妊婦だということを忘れていた。遠藤のその一言で美幸は思いだす。
そして、まだ平らなお腹を見つめ、両手でお腹を擦ると使用人達の方へと顔を向ける。
美幸のお腹に触れる仕草に皆の表情はさっきよりは少し明るいものへと変わる。その表情を見て美幸は妊娠の事が既に知られてしまったと思えた。
「皆、もしかして……」
「奥様の体調の変化に気付いたものがおりまして」
遠藤の言葉に美幸専属の世話係が頷く。それを見た美幸は、隠すのは無理だと思い妊娠の報告をしようとする。すると、そこへタイミング良く自宅の固定電話が鳴る。
その電話の音に、玄関傍に置かれている固定電話の受話器を遠藤が取る。
「はい、榊でございます。はい、はい、そうです……」
受話器を取った遠藤は重々しい口調で電話の相手と話をする。しかし、その会話がとても沈んでいて途中から言葉がなくなる。
「どこからなの?」
美幸は嫌な予感がすると鼓動が早まる。何か幸司に良くない事でも起きたのだろうかと心が騒めく。
会話を終えた遠藤が受話器を本体へ戻すと、美幸の方を振り返って淡々と話しをする。
「警察からの連絡です。旦那様は昨夜事故を起こされて今は病院にいらっしゃるそうです」
「事故?! あ、そんな、どうして……、それで幸司さんは無事なの? 今はどこにいるの? どんな状態なの?」
「奥様落ち着いて。旦那様は命に別状はないそうです」
美幸は幸司が命に別状がないと、それだけを聞いてホッと胸を撫で下ろすと、急に体から力が抜けてへたり込んでしまう。そんな美幸を見て、慌てて使用人達が美幸を支えようと傍へ駆け寄る。
「良かった、幸司さんが無事で良かったわ」
「昨夜事故に遭われて直ぐに救急病院へ搬送されたそうですが、身元を調べるものがなかったそうで、連絡するまでに時間がかかってしまったと警察の方からそう言われまして」
美幸の瞳から大きな涙の粒が流れ出る。