好きにならなければ良かったのに

――幸司が入院する病院へ向かった美幸。
 美幸の身の周りの世話をする使用人を連れて運転手に病院まで送らせる。執事の遠藤は屋敷に残り美幸からの指示を仰ぐことに。

 病院へ到着した美幸は使用人を従え受付へ行き、説明を受けた後、幸司の入院する病室を訪れる。離婚宣言をした妻が病室を訪れても幸司は悦びはしないだろうと思いながらも、やはり無事な幸司の姿を見ないでは落ち着かない。そして、裂けてしまいそうな程に胸が苦しむ。
 幸司に何を言われ様とも、一刻も早く幸司の無事な姿を見なければどうしても安心出来ないのだ。

 教えて貰った幸司の病室へと向かった美幸だが、もしかしたら、幸司の傍に晴海の姿があるのではないかと、ふとそんな事を思ってしまった。本当に病室へ入っても良いのだろうかと、悩みながら病室のドアを少しだけ開ける。
 ドアを開ける手が少し震える美幸は、足が竦んでしまい病室の中へと入って行けない。

「奥様?」
「……大丈夫、大丈夫よ」

 怪我をした幸司に向けた言葉なのか、それとも、その場に晴海が居るのではないかと言う疑問に対しての言葉なのか。いざ、幸司の前に顔を出すとなると勇気が出なくなる。
 しかし、ドアの隙間から病室の内部が見えると、そこには人影はなくベッドに横たわっている幸司の姿だけが目に入る。

「幸司さん……」

 美幸はドアを大きく開くと病室の中へと入り、ベッドへと近づいていく。幸司は眠っているのだろうかと気になりながら。
 静まり返った病室の真っ白い空間にシングルサイズのベッドがあるだけで、他には血圧監視装置があるくらいで、特に目立ったものは何もなかった。ただ、幸司の腕には点滴が施されていて、それが実に痛々しく感じる。

「幸司さん、眠ってるの?」

 額にガーゼが当てられてはいるが、他には特に目立った外傷はなく包帯を巻いている箇所も見当たらない。また、顔を見ても額以外はとてもきれいな肌をしていて、交通事故に遭ったとは思えない様な血色をしている。
 スヤスヤ眠る顔に、いつもの寝室で眠る幸司の寝顔の様で美幸はホッとする。幸司の無事な姿を見て安心すると腰を抜かしそうになる。

 そんな美幸に使用人は部屋の隅に置かれていた折りたたみのパイプ椅子を美幸の所へ運んでくる。

「奥様、ここへどうぞ」
「ありがとう」

 命に別状は無いと聞いていたものの、やはり幸司の顔を見るまでは安心出来なかった。だから顔を見た瞬間、酷い怪我が見当たらない事に美幸は安堵してへたり込んでしまったのだ。

< 172 / 203 >

この作品をシェア

pagetop