好きにならなければ良かったのに
美幸はその後病室で軽めの食事を取り水分も補給する。そして、幸司が目覚めるのを待ち続ける。
午後になってもまだ目覚めない幸司は時々苦しそうにしながら口をモゴモゴと動かし何かを喋る。けれど、ハッキリしない言葉に美幸は聞き返す。
「痛いの?」
「○▽□※▽◇」
顔を歪める幸司に美幸は握りしめる手を自分の額に当てる。
「幸司さん」
何度も呼び掛けると「みゆき」と、微かに美幸の名前を呼ぶ声が聞こえた。それだけで、美幸は嬉しくなって幸司の腕にすがり付くように抱き締める。
「私はここにいるわ! 幸司さん!」
「み……ゆき、……みゆき」
「幸司さん、幸司さ……ん?」
苦しそうな表情も少し穏やかな顔へと変わる。まるで美幸の声に気付いたかの様にピクリと腕が動く。美幸が幸司の手に触れると、微かに幸司の手が動き握り返しているようだ。
それだけで美幸は嬉しくなってその手に頬擦りをしてしまう。
「幸司さん、早く目を覚まして。幸司さんに伝えたいことがあるの」
やはり、妊娠は幸司には隠せない。妊娠を知った時は不安に包まれ未来のない子を産んでも良いのだろうかとさえ思えた。離婚する夫婦に子どもが出来ても良いのだろうかと。幸司が再婚するのにこの子は邪魔でしかないのだろうと。
けれど、今は違う。もし、今後、幸司が晴海と再婚しようとも幸司の子どもには変わりないのだから。それに、我が子を疎む人には思えない。こんな事故を起こしてしまうほど、別れようとする妻なのに気遣ってくれる人だから。
美幸は事故の原因は自分にあるのだと、それが申し訳ないのと同時に嬉しくもあった。こんな事故を起こすほどに幸司が美幸の事を考えてくれたのかと。
「私、自惚れるわよ」
美幸がはにかんでそう言うと病室のドアを叩く音が聞こえる。「どうぞ」と美幸が声を掛けるとドアが開く。すると、そこから現れたのは幸司の元恋人の晴海だ。
「……」
「奥様」
美幸は顔を合わせ難く思わず顔をそむける。見舞いに来てくれた人に対して失礼な態度を取っているとは分かっている。しかし、今の美幸は一番会いたくない人だった。
「課長が交通事故に遭ったと聞いて、どうしても……会いたくて」
少し涙声で話す晴海に、いつもの気の強そうな彼女とは違うと気付かされる。そして、幸司への強い思いにも気付かされる。
恋人だった幸司が結婚した後も、ずっと幸司のそばを離れなかった。そして、公私共に寄り添ってきた二人なのだ。美幸以上に晴海は幸司を心配しただろうと思うと邪険にも出来ない。
――幸司さんの愛する人……
美幸は晴海を残し病室から出ていく。