好きにならなければ良かったのに

 病室から出たものの、幸司を晴海と二人っきりに出来ないとドアの外で足が止まる。
 病室を出る時にすれ違った晴海は、やはりいつもの高慢な態度の晴海ではなかっただけに、どうしても二人だけには出来なくドアの外に突っ立ったまま美幸は動けない。

「奥様? あの、あの方は?」

 美幸が病室を出る時に一緒に廊下へと出た使用人は、晴海の存在を知らないのか首を傾げて訊く。何故妻である美幸が病室を出てしまったのか不思議そうにする。

「あの人は……」
「はい?」

 どう説明すれば良いのか美幸は目眩がしそうだ。晴海は幸司の愛しい人、だけど、今はまだ他人だ。幸司にとって妻なのは自分なのだと、まだ離婚は成立していないのだから晴海はただの同僚で見舞い客だ。
 美幸は病室へと目を向けるとドアの方へと振り返り、手に拳を握ると心を奮い立たせる。

「あの人は会社の人で単なる同僚よ」
「でしたら、飲み物を買ってきますね。何かお出しした方が良いですよね」
「ええ、お願いするわ」

 その使用人は急いで自動販売機が置かれていそうな談話室へと向かう。
 美幸は一人になると病室のドアをゆっくりと開き中へと入っていく。

 ベッド横で美幸が座っていたパイプ椅子に晴海も腰かけて、幸司の手を取り祈るようにする晴海の姿がある。辛そうな表情をする晴海に美幸はかける言葉が見つからない。

「う……あ、……」

 幸司がうわ言の様な声を上げると、晴海が前のめりになって幸司の顔を覗きこむ。

「幸司?! 私よ分かる? 晴海よ」

 唇を動かし何かを言おうとする幸司に、必死に手を握りしめて問いかけるのは妻でなく想い人の晴海の役目なのかと、そんな光景を見せつけられると美幸は目眩が襲い気持ちが悪くなる。

「み……」
「なに? 私はここよ」
「み……ゆき」

 幸司の手がピクリと動く。そして、幸司の口から出た言葉は晴海ではなく美幸だ。美幸は幸司の手が少し浮き上がるのを見てハッとすると、晴海とは反対側のベッドサイドへと駆け寄る。
 そして、幸司の右手を手に取りぎゅうっと握りしめると自分の頬に当てる。

「幸司さん」

 美幸の声がする方へと幸司の顔が動くと微かに瞼が動く。

「美幸」

 今度はハッキリと幸司の力強い声が聞こえる。瞼も少しずつ開き美幸の瞳を見つめる。幸司の瞳に美幸の姿が写し出されると美幸はやっと目覚めた事に安堵し大粒の涙を流す。

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