好きにならなければ良かったのに

 安心したように眠る幸司の寝顔を見ながら何度も愛の告白をする美幸だが、その声は眠る幸司には当然の如く聞こえてはいない。それでも、言わずにはおれずに美幸は何度も言い続ける。
 すると、再びドアをトントンと叩く音がする。

「はい、どうぞ」

 目尻の涙を手で拭い取り、寄りそう様に立っていたベッドサイドから離れる。ドアが開き現れたのは、今度は幸司の両親である榊セキュリティ株式会社の社長夫妻だ。

「お義父様、お義母様」

 美幸は事故の知らせをしていなかった事を思いだし、幸司の安否を心配する二人の姿を見ると申し訳なく思い俯いてしまう。

「幸司は無事だとは聞いたが、どうだね?」
「はい、申し訳ありません。本当はもっと早くに私から連絡すべきところなのに」
「いや、幸司の事故に驚いたのは我々だけではないだろう」

 それでも妻として真っ先に連絡すべき人達に連絡を入れるのを忘れていた自分が恥ずかしい。それに、幸司の両親がここへ来ていると言うのは遠藤が気を利かして連絡してくれたのだろうとそう思えた。

「あの。事故で全身打撲をしてはいますが、骨折もなく内臓にも損傷なく大丈夫だそうです」
「まあ、じゃあただの打撲で終わったの?」
「はい」

 幸司の母は目に涙を浮かべ乍ら幸司の無事を喜んでいる。そんな義母の姿を見て、心配していたのは自分だけではなかったのだと連絡しなかったことを申し訳なく思う。
 安堵する二人の疲労感たっぷりな表情に、ベッドサイドにはパイプ椅子が一つしかなかったと、二人が腰かけられるように他に椅子がないのか部屋の中を見渡す。
 椅子が見当たらないと見ていると、そこへ飲みものを買いに出ていた使用人が戻る。

「あ、遅くなりました。自販機が見つからなくて」
「ん? 誰だね?」
「あ、私の世話をしている子です。私の体調を気遣ってここまで一緒に来てくれて」

 そう説明していると、ハッと青葉の顔を思いだす。社長命令で産婦人科へと連れて行かされた事を。

「あの、青葉さんから連絡は、その……」

 美幸が言い難そうにすると、義父は美幸の顔を見てフッと笑ってはパイプ椅子を義母へ渡す。義母は椅子を差し出されるとにこやかな笑顔を義父へ向け「ありがとう」と言うと椅子に腰を下ろす。仲睦まじい二人の様子に美幸の胸がチクリとする。

「昨日、病院へ行ったそうだね。それで? 検査の結果は?」

 義父や義母にとっては待ちに待った孫の知らせ。今ここで直ぐに報告すればそれは両親は大喜びするだろうと、後継者をどれだけ待たせているのか美幸はよく知っていた。

< 179 / 203 >

この作品をシェア

pagetop