好きにならなければ良かったのに
しかし、肝心な幸司にもまだ何も知らせていないのに、両親に先に知らせるのは美幸はそれだけは出来ないと留まった。
「すいません、まずは幸司さんに話したいので」
きっと美幸は妊娠しているのだろうとそう察知した義母は、美幸を見ると椅子から立ち上がり座っていたパイプ椅子を美幸に渡す。
「いえ、それはお義母様がお座り下さい」
「いいえ、私よりあなたの体の方が心配だわ。もう少し自分の体を労わらないといけませんよ。幸司の為にもね」
にっこり微笑むその笑顔を見ると、きっとお腹の子のことは気付かれているのだろうと思えた。でも、だからと美幸は幸司を心配して見舞ってくれた義母から椅子を取り上げたくなかった。
「ありがとうございます。でも、お義母様が使って下さい。私は大丈夫ですから」
「でも……」
義母が躊躇すると、どこから運んで来たのか使用人がパイプ椅子を持ってきた。
「奥様、こちらにどうぞ。立ちづくめだと奥様のお体に障ります!」
そう言って同じパイプ椅子を運んできた使用人に美幸は「ありがとう」とお礼を言って、素直にその椅子に腰を下ろした。流石に立ち続けるのは疲れていた為、もう一つ椅子があって良かったとそう思いながら大きく息を吐く。
「少し疲れている様だが。本当に大丈夫なのかね?」
「はい、有難うございます。少し貧血気味なだけで問題はありませんから」
幸司だけでなく自分までもが心配をかけてはいけないと、美幸は笑顔を振りまいて自分は平気だからとそんな顔をする。そんな無理した表情を向ける美幸を見て、使用人はますます心配そうな顔をしている。
その様子を見て義父が椅子に座ったばかりの義母の肩をポンと叩いて言う。
「幸司は無事だったんだ。あまり長居すると美幸さんも疲れるだけだ。今日はこれで帰ろう」
「え、もうですか?」
「そうですよ。幸司さんも目を覚ますかも知れませんし……」
義父は美幸の体を気にかけてこの日は帰ると、もっと幸司の顔を見たがっていた義母を連れて病室から出て行こうとする。
「あの、ゆっくりなさっていっても」
「いいや、無事な幸司の顔を見れたから安心したよ。後はよろしく頼みますよ、美幸さん」
「はい」
「良い報告もね」
美幸は深々と頭を下げると笑顔で見送った。
しかし、美幸はこの時、何故青葉は診察の結果を両親に報告しなかったのか不思議だった。あれだけ社長に忠実な社員の様だと思えたのに……。