好きにならなければ良かったのに
美幸が頼んだからとそう易々と青葉がそれを受け入れてくれるとは思えなかった。だから、余計に美幸は青葉が不思議な人に感じる。一体青葉の正体はなんなのだろうかと。
「奥様、お顔の色があまり良くありませんわ。お屋敷へ戻られた方が」
「大丈夫よ。それに私がいなかったら幸司さんが目覚めた時どうするの?」
「はい、でも」
体を心配しての発言だとは良く分かっている。でも、今はお腹の子以上に幸司の体の方が心配なのだ。
とは言え、大事な幸司との赤ちゃんを危険な目には合わせたくない。だから椅子に座り少しでも疲れを癒そうと自分なりに気をつかっているつもりだ。
「私にもそのお茶を頂けるかしら?」
買い出しに行っていたお茶のペットボトルをレジ袋から一つ取りだすと美幸へ手渡しする。受け取った美幸は「どこまで行ってたの?」と笑みを浮かべ乍らそう訊く。
「談話室の自販機が故障中になってて、それで売店を探して売店で買って来たんです」
「それは悪いことしたわね。それに立て替えてくれたお茶の代金は遠藤さんから貰ってね。私からも言っておくから」
美幸の顔に笑顔が戻ると使用人も嬉しくなって微笑みながら「はい」と答える。
すると、騒がしい病室にまた幸司が瞼を開く。
「賑やかだな」
今度はさっきと違って、もっとハッキリと幸司の言葉が聞こえてくる。そして、ぱっちりと開いた瞳はいつもの幸司の顔に戻っている。
「幸司さん!」
「ここは?」
「病院よ。昨夜のこと覚えていないの?」
病室の中を見渡した幸司は体を起こそうとするが、頭に激痛が走りそのまま蹲るように横たわる。
慌てた美幸が幸司の頭や体をそうっと支えながらベッドに仰向けに寝かす。
「……頭が……いたい」
「頭だけじゃないわ。体も打撲しているのよ。夕べ事故を起こして」
それ以上説明するのが辛い美幸は瞳を潤ませる。
「美幸、顔色が悪いな。大丈夫なのか?」
体のアチコチが痛いだろうし頭だって痛い筈なのに、苦痛に顔を歪めながらも幸司は美幸の体を心配する。
「私よりあなたの方が心配だわ」
「いや、俺より美幸の体の方が心配だ。美幸に何かあれば俺は生きてはいけない」
一方的に離婚宣言をした妻がそんな言葉を貰う資格などないと、美幸はそう思っているのに、幸司のその言葉に嬉しくて幸せを感じて涙を流す。
「美幸、どこにも行かないでくれ。俺を一人にしないでくれ」
悲し気な顔をして言う幸司に、美幸は涙が溢れて止まらなかった。