好きにならなければ良かったのに
その日の幸司の告白に美幸は離婚は心の中に封じ込めることに決めた。本当は、弱っている時のセリフは当てにならない。それは重々承知している。それでも、今は幸司に頼られている悦びに浸り、少しでも幸司の役に立ちたいとそれしか頭にはなかった。
「幸司さん、随分と動けるようになったわね」
「美幸、お腹は大丈夫なのか? あまり無理しないでくれ」
まだ下腹が少しぽっこり出ている程度で殆ど見わけの付かない妊婦姿に、幸司はとても嬉しそうに美幸の姿を見つめている。
「素敵なドレスだ。美幸には良く似合っているよ」
「ありがとう。でも、何だか妊婦服って恥ずかしくて」
「お腹に赤ちゃんがいるんだ。周りに妊婦だと気遣って貰うのにはその姿が一番だよ」
ベッドから下りられるようになった幸司は、横になっていた体を起こし床に置いているスリッパに足を置くとベッドへと座る。
「大丈夫?」
「これくらい平気さ。痛みもだいぶん減ったしね」
ガッツポーズをして見せる幸司に美幸はクスクスと笑っている。こんな何気ない時間がとても幸せなのだとそう感じると美幸はこの幸せがいつまでも続いて欲しいとそう願う。
「ああ、早く帰りたいな。美幸を抱きしめて眠りたいのに」
「……」
愛の告白をされた後、幸司は平気でそんなセリフを言う様になった。これまでの冷ややかな魔王モドキな幸司の姿はなく、とても甘ったるい王子様の様な存在へと変わったことに美幸は戸惑いが大きくて、胸の鼓動が破裂しそうな程に大きくなることの連続だ。
「おいで、美幸」
手招きする幸司の前へ行くと、美幸は両手でがっちりと抱きしめられキスをされる。幸司の甘えん坊な態度にくすぐったく感じながらも、美幸もそんな幸司が嬉しくてついキスに応えてしまう。
「好き、幸司さん」
「いつまで『さん』呼びなんだい? 言ったよな? 『幸司』って呼べって」
「で、で、でも」
「言わなきゃここで脱がすぞ?」
ニヤリと口角を上げて笑う幸司は冗談を言っている様には思えない。だからとこんな病院でそんな淫らな行為には出ないだろうと踏んでいると……。
「一度入院中のベッドでやってみたかったんだよな」
そんな独り言を大きな声で呟く幸司に、美幸は顔を真っ赤にして「幸司!」と怒鳴る。
「もっと優しく言って欲しいのに」
「え?」
顔を真っ赤にした美幸が「幸司」と小さな声で言う。たかが名前一つにそこまで大袈裟な表情を取らなくてもと、つい幸司は笑いが止まらなくなる。
――トントン
そこへドアが叩かれて客が訪れる。
開くドアから現れたのは眉を細め乍ら口元を歪める晴海だった。