好きにならなければ良かったのに

 一方、一度は目覚めたものの、うとうととうたた寝していた美幸は昼近くになってベッドから起きる。それから屋敷の使用人たちに囲まれて身支度を始める。

「奥様、髪は綺麗に整いましたよ」

 一人の使用人がブラシで髪をすいて形を整える。もう一人の使用人はクローゼットの中から、その日に着る質の良いワンピースを取り出す。

「今日は一段と顔色がよろしいですね」

 取り出したワンピースをガウン姿の美幸の胸へ当てると「お似合いですよ」と、使用人たちが浮かれている。たかだかワンピースひとつに使用人達が頬を赤めて喜ぶ姿が不思議で、このワンピースに何かあるのだろうかと訊いた。

「昨日、旦那様が奥様の為にって送られたワンピースなんですよ。豪華な衣装ケースに入っているから皆どんなドレスだろうって、昨夜は大騒ぎしたんですよ」

 幸司から送られたワンピース。美幸は使用人達の言葉がすんなり耳に入らず戸惑っていた。それもその筈で、これ迄幸司から贈り物を貰ったことなど一度もない。

 それが、何故急に服を送ろうと思ったのかが謎で。仕事を始めて怒らせはしたが、誉められるようなことはしていない。おまけに二日酔いまでして連日幸司を怒らせ続けているのに。

「ドレスじゃなかったのね」

 衣装ケースを見ていない美幸は、どんなケースだったのか見てみたかった。幸司からの贈り物ならば特にそうだ。そして、そのケースは大事に取って置きたい。でも、もう、そのケースはない。

「ケース見たかったな」
「旦那様が処分されたのだと思いますが、どこにも見当たらないんですよ」
「そうなの、残念だわ」

 折角の贈り物ならケースごと置いてくれればと残念な美幸。けれど幸司からの贈り物にかなり気分は良い。二日酔いの頭痛はどこかへ飛んでしまったかのように。

「さあさ、奥様、ワンピースに着替えましょう」
「そうね」

 美幸はガウンを脱ぐと下着の上からワンピースを着る。パステルカラーのピンク色がとても初々しい。飾り気は少ないがタイトな裾が大人びて見せる。

「私には少し大人っぽいかな?」

 可愛い雰囲気はあるがどことなく大人びたワンピースだ。そして、袖を通して気づいた美幸だがサイズが自分とは合っていない。

 まさかこれは自分のためではなく、あの恋人の為に用意した贈り物ではないのかと思ってしまった。
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