好きにならなければ良かったのに
その後、真っ直ぐに自宅へと戻って来た幸司だが、迎えに出て来たのは執事の遠藤ただ一人。他の使用人は既に自室へ下がってしまったと遠藤に聞かされる。
「美幸はどうしている?」
「もうお休みになられていらっしゃいます」
「何か言ってなかったか?」
「いいえ、何も」
いつもの執事ならばそこから美幸の行動を察することは出来ない。この仕事に就いて長い遠藤は普段から無駄口は叩かずポーカーフェイスなのだが、この時は少しばかり違っていた。ほんの少しだけ眉間が動いたその様子に幸司は美幸を怒らせてしまったと察した。
「そうか、分かった。もう休むから、お前も休むがいい」
「はい、では戸締りをしたら下がらせて頂きます」
幸司が階段を上がって行くと、執事の遠藤は玄関の戸締りを始める。そして鍵の閉め忘れがないか灯りの消し忘れがないか、遠藤はそれぞれの部屋を最終確認して回る。
「三階は少し遠いな……」
重々しい足取りに三階まで上っていくのは拷問の様に思える幸司は、三階までの道のりがかなり遠く感じる。いつもは何も感じないこの階段に、今日は神経を使い果たしそれが体力を奪ったからなのか、一段一段上がって行く足取りが辛く感じる。
「はぁ……、俺も年かな……」
少し息が乱れる幸司だが何とか寝室のある三階へ辿り着くと、寝室のドアへと目をやり美幸が起きているのかが気になり落ち着かなくなる。
「まだ起きているよな? いや、もう寝たか」
寝室のドアを見ては悩まし気な表情をする幸司の足は、中々寝室へと向かわず三階へ上がったところで止まっていた。
「……怒っているよな?」
独り言を言いながらその場所から動けない幸司だが、意を決して寝室へと向かいドアを思いっきり開ける。ドアの向こうには怒った顔した美幸がベッドにふて寝しているだろうと思っていた幸司。寝室の明かりは殆ど消されベッドサイドにある小さなダウンライトだけが部屋を照らしていた。薄暗い室内に美幸の表情までは分からない。
「……ただいま」
薄暗くて美幸の姿は見えても表情までは分からない。だから、一応声を掛けてみた。しかし、幸司の声には反応なく美幸は眠っているのだと分かる。幸司はホッと胸を撫で下ろすと服をソファへと脱ぎ捨てる。