神様修行はじめます! 其の五
「しま子?」

「…………」

「しーま子さん?」

「…………」


 しま子は廊下の奥の突き当りで、壁に向かって無言でヒザを抱えてる。


 キュッと結んだ口がフルフル震えて、頬にはクッキリ涙の跡が残ってるのが、なんともいじらしい……。


 昨夜からボディガードを断ったり、家に泊まらせなかったりで我慢ばかりさせてたもんな。ごめんね、しま子。


「ねえ、しま子。いい子だからお利口にお留守番してて。お願い」


「…………」


「しま子ぉ、ねえ、しかたないんだってば」


 しま子のご機嫌を取っていたら、クレーターさんが不思議そうに話しかけてきた。


「なんだ? なぜその赤鬼は連れていかんのだ? お前の護衛なのだろう?」


「現世でこんな大きな鬼を連れて歩いたら大騒ぎになっちゃうんだよ」


「よく分からんが、大きさが問題なのか? ならば……」


 クレーターさんはスーツのポケットに手を突っ込んでゴソゴソしていたかと思うと、おもむろに小箱を取り出した。


 手の中にスッポリ入ってしまうほど小さいけれど、黒い漆の表面に施された金粉の蒔絵模様が、ハッとするほど美しい。


 皆が注目している中で、クレーターさんがその小箱の蓋をパカリと開けると……。


―― ボワンッ……!


「わー!? なにこの煙!?」


 いきなり破裂音がして、クレーターさんの姿が見えなくなるくらいの大量の煙が箱から噴出した。


 箱から真っ白な煙!? え!? もしかしてこのシチュエーションって、あれか!?


 玉手箱ぉ!?


「みんなー! 逃げて! 伏せて! 息とめてー!」


 あたしは後ろに飛び退りながら大声を出した。


 これって浦島太郎が竜宮城からの帰り際に押しつけられた、迷惑なおみやげナンバーワンの、おじいさんになっちゃう煙じゃない!?


 ……ところで言っちゃなんだけど、乙姫様って美人のわりに、かなり性格エグくない?


 亀を助けてくれた恩人に渡す手みやげ品がアレって、ないだろ普通。


 人間って顔が綺麗だと、性格は反比例して歪むものなのかしら。なんの根拠もない思い込みだけど。


 あ、根拠ならあるか。門川君。
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