神様修行はじめます! 其の五
 地味男はグッとアゴを引き、静かに反論する。


「あなたの彼への想いとは、しょせんその程度だったのですか? すべてを捨て、すべてを犠牲にすることも厭わぬほどの強い情念こそ、究極の愛情と呼べるものでしょうに」


「勘違いもここに極まれりね。犠牲になるのはあんたじゃないくせに、勝手なことを言わないで」


「愛とは元来、そういうものです。無上の自己中心的な感情なのですよ」


「だから、それが勘違いだと言っているのよ」


 お岩さんは一歩も引かず、どこまでも力強い目で堂々と地味男を見返している。


「『愛している』という言葉は、すべての行為が許される免罪符とは違う。エゴイズムと愛は、決して同一ではないわ」


「…………」


「しま子がそれを立派に証明してみせたでしょう? あの純粋な愛情を前にして、あなたに反論の余地などないのよ」


 それからふたりは口を閉じ、黙って視線を絡ませ合った。


 自分の恋情にすべてを捧げ、世界すらも破滅に導こうとした男。


 自分の恋情も、命すらも捧げ、引き換えに世界を守ろうとした女。


 対岸に立つ者同士が、遠く隔たった場所からお互いを見ている。


 ふたりは相容れぬ思いをぶつけ合いながら、なぜか、とてもよく似た目をしていた。


「ですが私は……」

「きゃあぁぁ――!」


 沈黙を破る地味男の言葉は、とつぜんの絹を裂くような悲鳴に掻き消されてしまった。


 地味男とお岩さんの間の張りつめた空気に飲まれていたあたしは、その声の危機感の強さにハッと我に返る。


「す、水園さん!?」


 振り向いたあたしの口からも甲高い悲鳴が上がった。


 ほとんど閉じかけたはずの『道』から、いつの間にか杉の木みたいに太くてデカイ手がニョキッと生えている。


 しかもその手は、数えきれないほど膨大な人間の腕が組みヒモのように絡み合って出来ているという、グロさだった。


 その見るからに気持ち悪い手の中に、なんと水園さんが捕まっている!
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