神様修行はじめます! 其の五
「地味男!」
あたしは思わず叫んでいた。
地味男が異界の穴に引きずり込まれるまで、もうほんの数メートル。
「逃げて地味男!」
「天内の娘御よ」
あたしの言葉を拒否するように、地味男が静かに言葉を被せた。
「実は私はあなたのことが、なかなかに好きでしたよ」
「……!」
細い一重の目が柔和に和み、あたしをじっと見つめている。
その血濡れた微笑みを見たら、一気に記憶が甦ってきた。
権田原の里で再会したセバスチャンさんに、『もちろん覚えている』と言われたときの、地味男のあの嬉しそうな顔。
水晶さんと縁側で語り合っていたときの、幸せな顔。
あたしの間抜けな言動にキョトンと呆けて、次の瞬間、プッと吹き出した楽しそうな顔。
あぁ……この人は……
普通の人間だ。
現世という世界ひとつを滅ぼすほどの激情を身の内に秘めながらも、普通の人。
己の理不尽も、不条理も、矛盾もなにもかも承知のうえで、やるせない愛に身悶え、届かぬ願いに向かって手を伸ばす人。
そんな普通の人間が、世界の犠牲となって死んでいくんだ。
あたしたちは、またこうして失われた命の上に立ち尽くさなければならないのか。
あんなに……
あんなに悲しい顔で笑い続ける、彼の屍の上に!
「どうか当主様とお幸せに。心優しく、誇り高き一族の末裔よ……」
死にゆく者から生き延びる者への、最期の言葉。
心臓を鷲掴みにされたような激しい痛みが駆け抜ける。
なにもしてやれない相手から、死の間際にこんな優しい声で『幸せに』なんて言われたら……
あたしは、どうすりゃいいのよ! バッカヤロ――!
「……地味男ぉぉ――!」
燃えるような熱い涙と激しい叫びが、体の奥から迸る。
どこまでも悲しく微笑み続ける男の体が、ついに異界の穴に捕まった。
その背中が暗黒の穴に向かってグラリと倒れていく。
あたしはたまらず門川君の胸にすがり付き、声を殺して泣き濡れた。
……ごめんなさい。地味男、ごめんなさい。
あたしは、あなたを、救えなかった!
「成重様! 嫌あぁぁぁ!」
ようやく麻痺から解放された水園さんが、声を限りに絶叫する。
床に横たわり、異界へ飲み込まれようとする地味男に向かって虚しく手を伸ばす彼女の頭上を……
『何か』が、掠めて飛んでいった。
あたしは思わず叫んでいた。
地味男が異界の穴に引きずり込まれるまで、もうほんの数メートル。
「逃げて地味男!」
「天内の娘御よ」
あたしの言葉を拒否するように、地味男が静かに言葉を被せた。
「実は私はあなたのことが、なかなかに好きでしたよ」
「……!」
細い一重の目が柔和に和み、あたしをじっと見つめている。
その血濡れた微笑みを見たら、一気に記憶が甦ってきた。
権田原の里で再会したセバスチャンさんに、『もちろん覚えている』と言われたときの、地味男のあの嬉しそうな顔。
水晶さんと縁側で語り合っていたときの、幸せな顔。
あたしの間抜けな言動にキョトンと呆けて、次の瞬間、プッと吹き出した楽しそうな顔。
あぁ……この人は……
普通の人間だ。
現世という世界ひとつを滅ぼすほどの激情を身の内に秘めながらも、普通の人。
己の理不尽も、不条理も、矛盾もなにもかも承知のうえで、やるせない愛に身悶え、届かぬ願いに向かって手を伸ばす人。
そんな普通の人間が、世界の犠牲となって死んでいくんだ。
あたしたちは、またこうして失われた命の上に立ち尽くさなければならないのか。
あんなに……
あんなに悲しい顔で笑い続ける、彼の屍の上に!
「どうか当主様とお幸せに。心優しく、誇り高き一族の末裔よ……」
死にゆく者から生き延びる者への、最期の言葉。
心臓を鷲掴みにされたような激しい痛みが駆け抜ける。
なにもしてやれない相手から、死の間際にこんな優しい声で『幸せに』なんて言われたら……
あたしは、どうすりゃいいのよ! バッカヤロ――!
「……地味男ぉぉ――!」
燃えるような熱い涙と激しい叫びが、体の奥から迸る。
どこまでも悲しく微笑み続ける男の体が、ついに異界の穴に捕まった。
その背中が暗黒の穴に向かってグラリと倒れていく。
あたしはたまらず門川君の胸にすがり付き、声を殺して泣き濡れた。
……ごめんなさい。地味男、ごめんなさい。
あたしは、あなたを、救えなかった!
「成重様! 嫌あぁぁぁ!」
ようやく麻痺から解放された水園さんが、声を限りに絶叫する。
床に横たわり、異界へ飲み込まれようとする地味男に向かって虚しく手を伸ばす彼女の頭上を……
『何か』が、掠めて飛んでいった。