失恋相手が恋人です
桧山 葵。

それが彼の名前だと知ったのはもっとずっと後で。

その人目をひく容姿に大学内では有名人だということも。

彼の行く先々には熱い視線を送る女子学生が絶えないことも。

知ったのはずっと後になってから。

色々な噂も意識して聞いてみると、真意を疑いたくなるようなものから尤もらしいものまで様々だった。

何処かの大会社の御曹司だとか。

婚約者がいる、とか。

祖父母が外国人だとか。

その外見に惹かれて告白してくる女子学生は片っ端からふられているとか。

初めて彼に会った日の印象を、感じた強い何かを自分の中で確かめたくとも、学部も恐らく行動範囲も違う私が彼を見かけることは殆どなく。

時折、本当に稀に大学内で見かけても、彼はほぼ一人で。

声をかけるきっかけも、理由もない私はただ通り過ぎていく彼を見ているだけだった。

けれど。

私は彼に会う確率の高い場所を知っていた。

それは。

初めて彼を知った階段教室。

あの物品販売日以来、静かで心地よかった雰囲気と何より桧山くんに出会えたこの場所は。

密かな私のお気に入りの場所になった。

萌恵と講義が違ったり、休講になった時、一人になりたい時はここを訪れるようになった。

……本当は桧山くんに会えることを、いつも心の底では一番期待しているのだけれど。

そんなに人生は甘くなくて。

会えない日の方が多かった。

それでも大学内の廊下ですれ違う確率よりは会う確率は高くて。

私はいつも小さなドキドキを胸に抱えて階段を上っていた。


桧山くんは階段教室に来ている時は、いつも同じ席に座っていて。

いつも窓の外を見つめていた。














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