失恋相手が恋人です
「でもね、萌恵。
葵くん、言ってたんだよ。
映画の時」
ベッドの前に置いている小さなテーブルにオレンジジュースが入ったマグカップを置いて思い出す。
昨日。
大学からの帰り道。
葵くんから、突然の電話。
今から時間あるなら、一緒にデートしよう、って。
どこか楽しげな葵くんの声。
突然の電話もデートも嬉しい反面、焦る私。
今日は寝坊してしまって、服は手近にあった紺色のフレンチノースリーブのニットに白デニム。
髪だって無造作にシュシュで束ねただけ。
初めてのデートのお誘いなのに、この適当すぎる装い……。
ない、ない、ないでしょ……。
一旦家に帰って、服を考えて、髪もきちんとしなきゃと段取りを頭で計算する私。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか。
大学の最寄り駅にいるからとあっさり言われて。
逃げ出すことも準備もかなわず、何とかメイク直しだけを済ませて、シュシュははずして向かう私。
やっぱりこういうこともあろうかと女子は毎日気合いを入れなければだめなのか……。
脳裏に、いつも完璧な可愛らしい萌恵の顔が浮かぶ。
適当すぎる装いに落ちこみ気味な気分と高揚する気持ちを抱えて。
駅前に着くと。
探す必要もなく葵くんの姿は見付けられた。
私が彼を好きだから、とかそういうことは抜きにしても。
ただ立っているだけなのにすごく絵になる。
すれ違う人達が一度は振り返るくらいに。
目をひく。
今更だけど。
細身の長身に。
柔らかそうな薄茶色の髪。
少し伏せた長い睫毛。
白いシャツに薄い水色の半袖シャツを重ねて、濃紺のパンツを履いてる、何気ないその服装も。
とても様になっていて、思わず見とれてしまう。
纏う雰囲気は、完璧すぎて近寄りがたいくらい。
こんな人が私を待っていてくれているなんて、私の……彼氏だなんて、やっぱり信じられなくて。
「沙穂」
顔をあげた葵くんが人混みから私を見つける。
近寄りがたかった雰囲気が一瞬で柔らかいものに変わる。
ふわっと私が大好きな笑顔に変わる。
ドクンっと私の心臓がうるさいくらいに大きな音をたてる。
「……沙穂?」
佇んだままの私との距離をいつの間にか詰めた葵くんが、私の頬を手の甲で撫でる。
「走ってきたの?
顔、熱いよ」
「……!」
触れられた頬がジンジン熱い。
「よかった、今日沙穂に会えて」
さっきよりも一層柔らかく細めた瞳が私を映す。
「な、何で?」
恥ずかしくて下を向きながら返事をする私に。
頬に触れていた指を顎に滑らせて、上を向かせる葵くん。
「会いたかったから」
優しい切れ長の瞳に小さな甘い低い声。
ああ、もう。
どうしてそんなことを言うの。
顎からスッと離れる指。
その指は私の左手と絡まる。
本当に、ズルイ。
そんな声を聞くと、そんな風に触れられると私の好きが溢れてしまうのに。
特に行き先を決めていたり、お互いに目的があったわけではなく。
ただ、街を当たり前のように手を繋いで二人で歩いていて、目に入った映画館。
今から、一番上映時間に早いもので観たいもの、それでいてチケット購入可能なものを選んだ。
葵くんはアクション系が観たそうだったけれど、残念ながら当日分チケットは予約で完売。
私の希望の恋愛映画になった。
映画の上映中も葵くんはずっと私と指を絡ませていた。
暗い室内で葵くんの体温が指先から、やけに強く伝わる気がした。
私の左側に座る葵くんの相変わらず整った横顔を私はこっそり見つめていた。
そんな私に気付いていたのか、時折、私のほうに視線を向ける葵くんの瞳は本当に優しくて。
私はまた特別な場所にいることを実感していた。
映画は明治時代の日本。
主人公の女の子には、幼馴染のずっと好きな男の子がいた。
男の子も女の子を大切に想っていた。
けれどいつも気持ちを伝えるタイミングを逃してしまう。
やがて成長するにつれ、二人だけの世界だった日々は変わり、たくさんの友人や人々に出会う。
そのなかでお互いに向き合っていたはずの想いが見えなくなり、女の子はある日、両親が勧める縁談を受ける。
当時、女の子の両親の会社は経営状態が悪化していた。
けれど。
その時、女の子への想いを再確認した男の子は女の子が嫁ぐ前日に、話したいことがあると書いた手紙を渡す。
焦っていた男の子は待ち合わせ時間を書き間違える。
女の子は男の子に指定された時間、指定された場所で待っていたが男の子が来ないので諦めて帰ってしまい、男の子はそのことには気付かずに、女の子に見捨てられたと思い込んでしまう……というもの。
「あ、あらすじとかは別にいいからね」
完全に葵くんとの映画デートを思い出していた私を萌恵が片手を挙げて制止する。
「その映画が結局、何なの?」
焦れたように言う萌恵。
「映画を観た後に、葵くんが言ったの。
悲しいって。
ちょっとしたことで歯車が狂うんだねって。
お互いに気持ちに嘘をついたり誤魔化したりせずに最初から一緒にいたら、悲しい結末にならずに済んだかもしれないのにって」
「ふうん、別に普通の映画の感想じゃない」
「……そうなんだけど。
何か、自分自身のことを言われてる気がしたの」
「沙穂のこと?」
頷く私。
葵くん、言ってたんだよ。
映画の時」
ベッドの前に置いている小さなテーブルにオレンジジュースが入ったマグカップを置いて思い出す。
昨日。
大学からの帰り道。
葵くんから、突然の電話。
今から時間あるなら、一緒にデートしよう、って。
どこか楽しげな葵くんの声。
突然の電話もデートも嬉しい反面、焦る私。
今日は寝坊してしまって、服は手近にあった紺色のフレンチノースリーブのニットに白デニム。
髪だって無造作にシュシュで束ねただけ。
初めてのデートのお誘いなのに、この適当すぎる装い……。
ない、ない、ないでしょ……。
一旦家に帰って、服を考えて、髪もきちんとしなきゃと段取りを頭で計算する私。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか。
大学の最寄り駅にいるからとあっさり言われて。
逃げ出すことも準備もかなわず、何とかメイク直しだけを済ませて、シュシュははずして向かう私。
やっぱりこういうこともあろうかと女子は毎日気合いを入れなければだめなのか……。
脳裏に、いつも完璧な可愛らしい萌恵の顔が浮かぶ。
適当すぎる装いに落ちこみ気味な気分と高揚する気持ちを抱えて。
駅前に着くと。
探す必要もなく葵くんの姿は見付けられた。
私が彼を好きだから、とかそういうことは抜きにしても。
ただ立っているだけなのにすごく絵になる。
すれ違う人達が一度は振り返るくらいに。
目をひく。
今更だけど。
細身の長身に。
柔らかそうな薄茶色の髪。
少し伏せた長い睫毛。
白いシャツに薄い水色の半袖シャツを重ねて、濃紺のパンツを履いてる、何気ないその服装も。
とても様になっていて、思わず見とれてしまう。
纏う雰囲気は、完璧すぎて近寄りがたいくらい。
こんな人が私を待っていてくれているなんて、私の……彼氏だなんて、やっぱり信じられなくて。
「沙穂」
顔をあげた葵くんが人混みから私を見つける。
近寄りがたかった雰囲気が一瞬で柔らかいものに変わる。
ふわっと私が大好きな笑顔に変わる。
ドクンっと私の心臓がうるさいくらいに大きな音をたてる。
「……沙穂?」
佇んだままの私との距離をいつの間にか詰めた葵くんが、私の頬を手の甲で撫でる。
「走ってきたの?
顔、熱いよ」
「……!」
触れられた頬がジンジン熱い。
「よかった、今日沙穂に会えて」
さっきよりも一層柔らかく細めた瞳が私を映す。
「な、何で?」
恥ずかしくて下を向きながら返事をする私に。
頬に触れていた指を顎に滑らせて、上を向かせる葵くん。
「会いたかったから」
優しい切れ長の瞳に小さな甘い低い声。
ああ、もう。
どうしてそんなことを言うの。
顎からスッと離れる指。
その指は私の左手と絡まる。
本当に、ズルイ。
そんな声を聞くと、そんな風に触れられると私の好きが溢れてしまうのに。
特に行き先を決めていたり、お互いに目的があったわけではなく。
ただ、街を当たり前のように手を繋いで二人で歩いていて、目に入った映画館。
今から、一番上映時間に早いもので観たいもの、それでいてチケット購入可能なものを選んだ。
葵くんはアクション系が観たそうだったけれど、残念ながら当日分チケットは予約で完売。
私の希望の恋愛映画になった。
映画の上映中も葵くんはずっと私と指を絡ませていた。
暗い室内で葵くんの体温が指先から、やけに強く伝わる気がした。
私の左側に座る葵くんの相変わらず整った横顔を私はこっそり見つめていた。
そんな私に気付いていたのか、時折、私のほうに視線を向ける葵くんの瞳は本当に優しくて。
私はまた特別な場所にいることを実感していた。
映画は明治時代の日本。
主人公の女の子には、幼馴染のずっと好きな男の子がいた。
男の子も女の子を大切に想っていた。
けれどいつも気持ちを伝えるタイミングを逃してしまう。
やがて成長するにつれ、二人だけの世界だった日々は変わり、たくさんの友人や人々に出会う。
そのなかでお互いに向き合っていたはずの想いが見えなくなり、女の子はある日、両親が勧める縁談を受ける。
当時、女の子の両親の会社は経営状態が悪化していた。
けれど。
その時、女の子への想いを再確認した男の子は女の子が嫁ぐ前日に、話したいことがあると書いた手紙を渡す。
焦っていた男の子は待ち合わせ時間を書き間違える。
女の子は男の子に指定された時間、指定された場所で待っていたが男の子が来ないので諦めて帰ってしまい、男の子はそのことには気付かずに、女の子に見捨てられたと思い込んでしまう……というもの。
「あ、あらすじとかは別にいいからね」
完全に葵くんとの映画デートを思い出していた私を萌恵が片手を挙げて制止する。
「その映画が結局、何なの?」
焦れたように言う萌恵。
「映画を観た後に、葵くんが言ったの。
悲しいって。
ちょっとしたことで歯車が狂うんだねって。
お互いに気持ちに嘘をついたり誤魔化したりせずに最初から一緒にいたら、悲しい結末にならずに済んだかもしれないのにって」
「ふうん、別に普通の映画の感想じゃない」
「……そうなんだけど。
何か、自分自身のことを言われてる気がしたの」
「沙穂のこと?」
頷く私。