失恋相手が恋人です
萌恵が帰った後、私は夕御飯の買い出しをするために外出をした。

夕方六時が過ぎても明るい空に、夏本番が近付いてきていることを実感する。

半袖のシャツにデニムのハーフパンツ、といったいわゆるご近所さんスタイルでスーパーマーケットに向かう。

私がよく行くスーパーマーケットは駅の裏側にある。

いつものように足早に駅まで辿り着いた時。

「沙穂?」

今では聞きなれた低い声が、後ろから私を呼んだ。

「……葵くん?」

まさか、と思い振り返ると葵くんがいた。

今しがた電車が着いたのか、改札口からは人が溢れてきていた。

その波に呑まれながら葵くんが私を離れた場所で見つめていた。

いつもと同じ目立つ外見。

時には冷たく見えるその瞳が。

真っ直ぐに私を見つめて、穏やかな波のように優しく揺れている。

夕焼けに照らされる薄茶色の髪は輝いて、彼をより一層格好よく見せる。

「沙穂」

もう一度、今度は甘く温かな声で私を呼んだ。

「どうしたの?葵くん?」

思わず駆け寄る私。

「今日ゼミの皆で出かけてて、その帰り道」

「え、いや、そうではなくて」

私が聞きたいのは、何故此処にいるのかということなんだけれど。

話を聞こうと口を開きかけた私の手をぐっと掴んで、葵くんは私を抱きしめた。

「……あ、葵くん?!」

急に駆け足になる私の鼓動。

葵くんに聞こえてしまうくらいにうるさくて。

頬に当たる、葵くんの硬い胸元。

こんなに細身なのに。

シャツの下の身体はとてもガッシリしていることを初めて知る。

伝わる葵くんの高めの体温と匂いにくらくらして。

近すぎる距離に戸惑う。

私の背中にまわされた腕はしっかり、でもとても優しく私を抱きしめていて。

その温もりがとても嬉しくて。

驚いている筈なのに何故か泣きそうになる。






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