きらきら

金曜の深夜に高速バスに乗る。
明日一切れ3000円近いケーキを食べるのだから、泊まってなんていられない。

バスは満席だった。走る前から独特のバスの匂いに気が滅入ってフリスクを口にする。靴を脱いで旅行用のU字型の枕に空気を入れて首に固定してシートを倒す。遠慮なく倒したいので一番後ろの席を必ず取るようにしていた。備え付けの薄っぺらいブランケットで身体を覆い、それでも寒いからジャケットをその上にかけて小さく丸くなりやっと自分の居場所を作り出す。隣に座った高校生ぐらいの女の子は青いニット帽を深めに被りイヤホンで音楽を聞きながら目を閉じていた。ほんのりピンク色した彼女の頬は自然に美しい。☆るいーず☆みたいな頬をしていた。どこか狭い場所にそのまま閉じ込めたら、彼女の頬も腐ったみかんのようになるのだろうかと、頬の産毛を見て綿帽子のようなカビと結びつけてしまう。狭い自分のエリアでモゾモゾと醜い虫みたいに動きながらスマホを出し☆るいーず☆のツィッターを覗く。

プロフィール画像はどこから見てもお嬢様。
ゆるふわな長い髪にブランド物の白いワンピ。目は伏せ目だけど上品な雰囲気でマツエクも自然だ。☆るいーず☆は都心生まれで都心育ち。中高一貫の女子高で女子大。実家は裕福で父親は企業の重役クラス。☆るいーず☆は父親とハイスペック男子な兄に溺愛されてるので多少ワガママで多少天然。細いけど小悪魔ボディ。誰もが知ってる一流企業の彼氏は年収一千万以上。暇つぶしの彼もいる。

明日は忙しい。目を付けているホテルを回るだけ回って画像を溜めよう。画像が足りない。画像が欲しい。拾い画像はプロフィールだけで十分。やっぱり画像がないと誰も喰いつかない。バスは動き始めて聞き飽きた車内アナウンスの後に昔風スナックにあるようなダサいシャンデリアの灯りが消える。もう寝ろって話だろう。後ろから見るとあちこちの席でブルーライトが四角く光る。誰もが手放せないSNSの四角い塊が安っぽいイルミネーションのように灯る。

【明日のランチはパパと一緒。お兄ちゃんがヤキモチ妬いて……】そこまで打って指が止まった。そろそろ炎上が必要だ。

【石原さとみと間違われたって彼氏に言ったら『君の方が可愛いのに失礼だな』だって】

これでいい。

私はスマホを胸に抱き目を閉じた。バスの振動が背中に響き今日も熟睡できないパターン。何度も寝返りを打ちながら隣の女の子の寝顔を見つめる。すやすやと可愛い顔で寝る女の子にカビのパウダーを降りかけたい。すると彼女はパステルカラーからにんじん色に変わるだろう。

☆るいーず☆は夜行バスの存在も知らない。

彼女は今頃フワフワなベッドでぬいぐるみを抱きながら、パステルカラーの夢を見る。胸の上でSNSの塊が動き出す。灰色のハートの数が増えて少しだけ炎上してリツィートが増えてフォロワーが増える。それでいい。☆るいーず☆は天然だから炎上ネタもスルーできる。『うらやましい』『いいなぁ』『☆るいーず☆さんになりたい』の方が多いから。

☆るいーず☆は無敵だ。









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