今夜ひとり、シーツの合間で
「………ホント詐欺だよな。あんな親切に世話焼いて人のこと懐かせておいて、こんな手のひら返したような態度取るなんて」

傷ついたその顔をうっかり可愛いと思いそうになったから時計に視線を流すと、もう夜も深まったいい頃合いになっていた。アルコールが眠気を誘ったのか緒田君は目を閉じる。

「緒田君?意識があるうちに早く帰りなさい」
「………いいブラームス弾きますね」

どうやら眠くなったのではなく、バックに流れるピアノに聞き入っていたらしい。

「知ったかぶりで恥を掻かないために教えてあげるけど、『献呈』はシューマンの曲だから」

突然緒田君は弾かれたようにぱっと目を開ける。なぜか私を見て少し驚いたように息を飲むと、まるで仕掛けたイタズラの結果に満足するように意味深に唇の端を吊り上げた。

「知ってますよ。俺は『君に捧ぐ』って邦題の方が好みだけど」
「え?」
「それにしても情感のあるいい音出しますね。音の広がり方がきれいなのはスタインウェイだからだけじゃなくて、あのピアニストの技量のおかげでもありますね」
「……もしかして緒田君も、今夜のクラシックナイトがお目当てだったの?」

意外に音楽に造詣がありそうなことを言うから、何を企んでいるのか分からない彼に一瞬にして親しみが沸いたのに、彼ははぐらかすように笑む。

「それよりまだ飲むんですか?」
「私は強いからいいの。せめてあともう一杯くらいは楽しまなきゃ」
「わかりました。じゃあ俺はそろそろ退散します。けど最後の一杯は俺に奢らせてください」
「カクテルなんて分かるの?」
「実は知ってます」

ほどほどしか飲まない彼がお酒をあまり好まないことを知っていたから、これも意外な答えだった。

「先輩が本当は酒豪でカクテル好きって知ってから無駄に詳しくなったんです。先輩、泊まって行くんですよね。だったら強いのでもいいですよね?」
「……それ誰から聞いたの」
「宿泊のことですか?先輩と仲が良い藤崎さんからです。ほんと先輩、見かけによらず男前なことしますね。ああ断っておきますけど、微塵も馬鹿にしてませんから。だって俺そういうの好きだし」
「いいよ、本当は女独りで泊まるなんて可哀想だと思ってるんでしょ?」
「や、可哀想なのは俺の方ですよ。デカすぎるライバルなんだから」

何故か緒田君は悔しげな顔になる。

「今の俺じゃこのバーとホテルみたいに先輩をうっとりさせることが出来ないんでしょ?けど他に先輩をお姫様気分に浸らせてあげられるような男が現れるまで俺は引きませんから」

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