行雲流水 花に嵐
「亀松は、その昔『拐かしの松』ってあだ名された悪党だよ。ここの女たちは、皆奴に攫われた子だ。正規で買った女子じゃないから、色町でなくこんなところで商売させられてる。逃げられないように、三階に閉じ込めてね」

「……」

「いくら亀松が優しいっても、どこか変だとは思ってただろ?」

「そりゃ……」

 視線を落として、玉乃が困惑気味に呟いた。
 ここしか知らないとはいえ、それなりの歳になれば今の状況を冷静に分析できる。
 客との会話で少しは店の外の情報も入る。
 それらと今の状況、あと僅かな記憶を辿れば、もしかして、と思うところもあるはずだ。

 だが問い質そうにも、実際接する亀松は優しいのだ。
 長年優しくされていれば、情が湧いて聞きにくい。
 真実を知るのが怖い、というのもあるのだろう。

「実はね、昔、聞いた子がいたんだよ。玉乃と同じ頃に大旦那のところに来た子でね。何で外に出られないんだ、後ろ暗いところがあるからだろうって。客に聞いた、自分たちは拐かされてきたんだろうって」

「そんなことにもなるだろうさ」

 むしろないほうがおかしい。
 赤ん坊の頃に拐かされたわけではないのだ。

 細かいことは覚えてなくても、亀松に手を引かれてそのまま、というような記憶はあるはずだ。
 誰一人帰りたがらないわけはない。

「でもね、その子、あくる日その客と、宇治川に浮かんでた」

 ぶる、と玉乃が己の肩を抱いた。

「それから皆、何も言わなくなった。二人の死体を見ながら、大旦那は『滅多なことは言うものではありませんね。いらぬことは言わぬが長生きの秘訣ですよ』って。いつもの穏やかな顔だったけど、裏の顔を見た気がした」

「なるほどね。正しいわよ、その判断は」

「でもいつもは相変わらず優しいし、何だかあれは本当のことだったのかって思っちゃうんだ。この優しい大旦那様が、あんな悪鬼のような顔をするのか、夢じゃなかったかって、わからなくなる」

「……情って怖いわね」

 いらぬことをしない限りは、よほどいい人で通していたのだろう。
 信じたくない、と思わせる辺り、稀代の詐欺師だ。
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