行雲流水 花に嵐
「違いねぇ。それじゃ、これで要蔵の依頼は済んだってこったな」

 亀松が、ちらりとその辺の男に目配せする。
 引いていた男たちが、再び輪を縮めた。
 さっきの片桐の、『頭は殺られている』という言葉で、金が貰えないと踏んで早々に立ち去った者もいるが、まだ十人程度残っている。

「けど、わしの怒りは収まらねぇなぁ……」

 そう言って、亀松は顎をしゃくった。
 それを合図に、男どもが襲い掛かる。

 丁度その時、横の座敷の襖を蹴破って、宗十郎が飛び込んできた。

「もー! 宗ちゃん、ほんっとお行儀悪いんだから! 襖は引けば開くのよ!」

「うるせぇよ! 蹴ったほうが早いだろうが! それよりも、仙太郎は来てねぇか?」

 初めと同じように、蹴破った襖の直撃で二人ほど倒した宗十郎が、きょろきょろと中を見回す。
 そして、廊下の先に見える階段に目を付けた。

「上かっ」

 皆が呆気に取られているうちに、宗十郎は階段を駆け上がる。
 慌てて後を追う男どもを、容赦なく階段から蹴り落としながら。

「ほらっ。他に気を取られてる余裕はないはずよ?」

 半数ぐらい宗十郎に向いたので、後は知れている。
 片桐は踏み出し、箒の柄を振るって残りの男の急所を叩いていった。
 そしてそのまま、亀松に迫る。

「ま、待てっ! わしは関係ねぇだろう。伏見に引っ込んでりゃ迷惑はかけねぇ」

 一歩後ずさり、亀松が叫んだ。
 亀松自身は、腕に覚えはないようだ。

「お生憎さま。さっきの所業から見ても、あんたはあたしを許さない。ここで逃げても、あたしを付け狙うでしょう。あたしは別に構わないんだけど、玉乃ちゃんは、そうはいかないのよ」

 拐かした女子を十年も育てた上で女郎に仕立てた亀松だ。
 ようやっと使い物になった途端に逃げられたとあっちゃ黙っていない。
 それに、あの船宿の内部事情を知っている者を逃がすわけにはいかないのだ。

「く、くそっ。鶴、やっちまえ!」

 小太りの鶴吉が、得物を抜いた。
 両手に握った匕首が鈍く光る。
 す、と片桐の目が細められた。

「へへ。この中じゃ、刀は抜けねぇぜ」

 にやりと笑い、鶴吉は左手の匕首を突き出した。
 右手は後ろに回している。
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