行雲流水 花に嵐
「ん? ああ、いや、そういうんじゃねぇ。おすずが俺を見て名を呼んだらまずいってことだ」

「あ、なるほど」

「おすずが俺を呼んだら、しょうがねぇから二人とも殺るしかねぇな」

 そう言って、宗十郎は辺りを見回すと、仕舞屋に近付いた。
 板塀で囲われてはいるものの、古いためかところどころ朽ちている。
 大きめの破れから、宗十郎は庭に踏み込んだ。

 日は西に傾いているが、まだまだ明るい。
 竹次が来るにしても、一刻は先のはずだ。
 そろそろと建物に近付いてみると、中から微かに物音が聞こえた。

『しっかし、竹兄の入れ込みようも凄ぇな』

『そんなにいいのかね』

 かちゃかちゃ、という瀬戸物の触れ合う音と共に、話し声が聞こえる。
 二人で酒を飲んでいるようだ。

 そのまま宗十郎は、裏手に回った。
 こちらは板戸が閉めてある。

 ち、と小さく舌打ちし、さらに奥に進んだ。
 障子だけの部屋を見つけ、手をかけてみる。

 細く開いた隙間から中を覗くと、衝立の向こうに男の姿が見えた。
 注意深く中に視線を巡らせてみても、聞いていた通り見張りは二人だけのようだ。

 宗十郎は、静かに刀の鯉口を切った。
 すらりと音なく引き抜かれた刀身が、薄暗い室内でぎらりと光る。

「ん?」

 光を受けてか、男が振り向いた。
 同時に宗十郎は室内に踏み込んだ。

「な、何だ?」

「誰でぇ!」

 男たちが、慌てて腰を浮かす。
 素早い寄り身で間合いを詰めた宗十郎は、肩に担ぐようにしていた刀身を、小さな動きで手前の男に振り下ろした。

「ぎゃっ!」

 男が仰け反り、ぶわ、と血が飛ぶ。

「ひいぃっ!」

 もう一人の男は、悲鳴を上げるや身を翻した。
 自然と追おうとする身体を引き留め、宗十郎は足元に倒れる男を見た。

 肩や首が真っ赤に染まっている。
 ぴくりとも動かないが、即死ではないだろう。

 室内ではあまり刀を振り回せないため、力もそう入らない。
 首の血管(ちくだ)を斬ったほどの感触もなかったので、そこまで深い傷ではないはずだ。
 ただ浅くもないので、放っておけば死ぬだろうが。
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