行雲流水 花に嵐
---運次第だな---

 逃げた男がどれほど早く戻ってくるか。
 宗十郎とてうかうかしていられない。

 さっさと男を跨ぐと、宗十郎は男たちがいた部屋の奥に進んだ。
 しぱん、と襖を開けると、乱れた夜具が目に飛び込んできた。
 その真ん中に、後ろ手に縛られ猿轡を噛まされたおすずが転がっている。

 猿轡を噛まされているなら、おすずに名を呼ばれる心配はなかったな、と思いつつ、宗十郎は部屋に入っておすずを覗き込んだ。

 頬が殴られたように腫れている。
 裸同然に大きく乱れた着物から覗く素肌は、いたるところに打擲の痕が見える。
 さすがに少し心が痛んだ。

「……おすず」

 小さく声を掛けてみると、僅かにまつ毛が震えた。
 ぐったりとして動かないが、生きてはいるようだ。

 そろりと手を伸ばし、猿轡を外していると、おすずが目を開けた。
 一瞬、びく、と身体を強張らせる。

「しっ。俺だ」

 ここで悲鳴でも上げられたら堪らない。
 もっともそんな体力はなさそうだが。
 口の前で人差し指を立てる宗寿郎を認め、おすずは目を見開いた。

「すまなかったな。危ない真似させちまった」

 猿轡を外して縛られている縄を切っても、おすずは転がったまま。
 起き上がれないようだ。
 が、宗十郎を見上げる目には、みるみる涙があふれだす。

 その時、表で物音がした。

「旦那っ! 竹次の野郎が何人か連れてきやす!」

 駒吉が血相を変えて飛び込んでくる。

「何人だ?」

「竹次を入れて三人でさぁ」

「よし。じゃあ駒吉は奴らに見つからないように、裏から逃げろ」

 言いながら、宗十郎はおすずを肩に担ぎ上げた。

「こ、上月様……」

 おすずの不安そうな声が届く。
 宗十郎は、抜き身を下げたまま立ち上がった。

「しぃっ。しばらく声は出さねぇでくれ」

 ばたばたばた、と複数の足音がし、表が騒がしくなる。
 それが家の前で、ぴたりと止まる。
 中を窺っているようだ。

 間髪入れず、宗十郎は目の前の板戸を蹴破った。
 ばぁん、と大きな音と共に、外れた板戸が庭に落ちる。
 裏だ! という声がし、男たちが飛び込んできた。

「あっ! てめぇは!!」

 竹次が宗十郎を見て声を上げる。
 すぐに宗十郎は板塀の破れから裏道に出た。

「すずっ! お、追え!!」

 竹次の声に、手下二人が宗十郎を追ってくる。
 だが男たちが裏路地に出たときには、宗十郎はすでに何度か道を折れて姿をくらましていた。
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