ただ、そばにいて。
 店のなかが、やけに静かだ。


 すべてが個室だけれど、常に人の気配はしていた。
 けれどいま、この世界にいるのは自分たちふたりだけであるかのように、すべての音が消えている。

 ほの暗い照明の下で見る鷹森は、おそろしく魅力的な景品に思えた。

 アルマーニのスーツに、フェアファックスのネクタイ。
 浅黒い肌、しなやかな長い指。
 野性的な濃くてまっすぐな髪の下で、濡れたような漆黒の瞳が色香を添えている。

 この瞳で見つめられると、瑞希は決まって欲情した。
 セックスの最中の射抜くような視線は、瑞希をたちまち絶頂のふちまで追いつめた。

 鷹森もそれをわかっていて、つながっているときの視線での愛撫は欠かさなかった。


 俺が欲しくないのか。
 いまもまた、鷹森の目は誘うように瑞希に問いかけている。

 瑞希は「欲しい」と言ってしまいそうだった。


 鷹森は、テーブルの上にあった右手をさりげなく左手の甲に重ねた。
 迷っている瑞希から、薬指にはめられた指輪を隠すかのように。

 それを見た瞬間、瑞希のなかのもうひとりの自分が、冷静さを取り戻した。
 そして冷静な思考のまま、目の前でグラスを揺らしている男に視線を向けた。


 鷹森が既婚者であることは関係が始まるまえから知っていた。
 左手の薬指にはめている指輪を、それまで鷹森は隠そうとはしなかったから。
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