ただ、そばにいて。
 この人と、朝の光のなかで生活をすることは、絶対にあり得ない。

 鷹森の妻は、会社の経営者の一族だ。裏切ることは許されない。
 だから会うのは月に一度きり。
 薄暗い隠れ家のような店で食事をし、安いホテルで体を重ねるだけ。

 鷹森自身も指輪を隠さずに、出張に来たときだけの恋人として瑞希を扱った。
 割り切った体だけの関係。
 それはそれで、気楽でよかった。


 なのに鷹森はいまはじめて、瑞希から指輪を隠そうとした。

 なぜ?

 瑞希のなかで、いろんな思いが交錯する。

 別れの予感したとたん、惜しくなったのだろうか。
 太陽の下を、ふたりで堂々と歩いてみたくなったのだろうか。


 でも、とっておきの嗜好品というのは、たまに味わうからこそ価値がある。
 度を過ぎれば高価で美味しい食べ物もすぐに飽きてしまう。

 上等の景品ではある。けれど、リスクを冒してまで欲しいものではない。

 鷹森のほうも同じはずだ。
 瞳の奥に欲望の火は灯っているものの、瑞希の心まで求めているようにはやはり見えない。
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