左手にハートを重ねて
 南波と静かにカクテルを飲んでいると、すぐそばに誰かの気配を感じた。
 同じく元クラスメートである森崎健人《もりさきけんと》だ。

「じゃぁ私、先生と話してくるから」

 南波は私と森崎の顔を見比べ、飲みかけのグラスを持って席を立つ。

「え、あ、ちょっと……!」

 止める間もなく、彼女は中学3年のときの担任である梁田《やなだ》先生のテーブルに向かっていった。
 梁田先生は、もと教え子に囲まれて日本酒をぐいぐい飲まされている。

(あーあ、先生、お酒弱いのに大丈夫かしら)


 バーの奥に目を向けているすきに、いつのまにか私の隣には森崎が座っていた。
 意識的に、少し体の位置をずらして距離をおく。

「久しぶり。成人式のときに会って以来だから、もう5年になるのか」
「うん。あのときはお互い大学生だったけど、もうすっかり社会人だね」
「そうだな」

 森崎は、手にしていたジントニックのグラスを傾ける。
 酔っぱらっているのか、頬が少し赤い。

「優香は教師になったんだよな」
「青葉区のニュータウンにできた中学校で、美術教師をしてる。もう3年目だよ」
「あの頼りなかった優香が先生になるなんて、まじウケる」

 グラスを手にしたまま、森崎はクスクスと笑う。
 よく聞けば嫌味なセリフだけれど、それを感じさせないような明るい口調で、彼は私をからかった。
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