左手にハートを重ねて
 ノンアルコールだから酔ってはいないはずだけど、なぜかまわりのざわめきが、薄い膜を隔てた向こう側から聞こえてくる。

 体がふわふわしていて、自分もカクテルの泡になったみたい。


「森崎は、高校時代から付き合っていた彼女とは、結婚しないの?」

「あー? とっくに別れたよ。親に会えってうるせーから、急に冷めちゃって。マジそういうのカンベン」

「あいかわらずチャランポランなんだね。彼女、年上だったじゃん。森崎と本気で結婚したかったと思うよ?」

「だから、そういう束縛が嫌なんだって。正直にそう言ったら、『じゃぁいい』って逃げられた。それより、おまえこそどうなんだよ」

「どうって?」

 森崎は、手に持っていたグラスを置き、そのまま私の手の甲にふれてきた。
 ひんやりと濡れた手で触られ、ぞくりと肌が粟立つ。

「あんなオッサンで満足できんのかよ。あいつ、もう45だろ? 俺らよりも、20も年上なんだぜ?」

 何度そのセリフを聞かされただろう。周りからも、彼自身からも。

 放っておいて。
 彼を欲しがったのは、ほかでもない私自身なんだから。
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