エリート御曹司とお見合い恋愛!?
「ごめん、なさい」

 絞りだすような声で謝罪を口にする。賢い言い訳が浮かばない。こういうとき上手くはぐらかす術を持っていないのが悔しい。

 早く一階に着いてほしい、そう思ったときだった。わずかに振動を感じて顔を上げると、いつの間に倉木さんがそばまで近寄っていて、肩に温もりを感じた。そして次の瞬間、額に柔らかい感触が伝わる。

 その動きがやけにスローモーションで私の目に映り、瞬きさえできない。そっと距離をとられ、倉木さんは至近距離で私を見下ろした。その顔がどこか切なげで、目を離すことができない。

「駄目だよ、そんな顔見せたら。あっさり奪われちゃうよ」

 うば? 倉木さんの台詞が上手く拾えない。それよりも自分のされた行為を自覚して、顔から火が出そうになる。アルコールは飲んでいないのに、一気に耳まで熱くなった。

 なにも言えずに、ただ倉木さんを見つめ返していると肩に置かれていた左手は今度は頬に添えられる。指先から伝わってくる体温に、体が勝手に反応した。思ったよりも大きい手に驚く間もなく、反対の頬に口づけられる。

 まさかの行為に、なんだか泣きそうになった。これは、どういうことなのか。どういうつもりなのか。

 言いたいことはたくさんあるのに、倉木さんの顔が、仕事の時に見せる表情とはまた違った真剣さを孕んでいて、私のすべての言葉を封じ込めた。

 そして、ゆっくりと顔を近づけられ、私はただ、まっすぐに私を映している倉木さんの目を逸らせずにいると……。

 一階です、という機械音と共に、倉木さんは弾かれたように身を離した。エレベーターのドアが開いてエントランスから外の空気が入ってくる。今更ながらに、心臓が痛いほど強く打ちつけはじめ、私は覚束ない足取りでエレベーターの外に出た。
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