エリート御曹司とお見合い恋愛!?
「あの、でも今日はなにも準備してなくて」

 イエスともノーとも言えず、なんとも曖昧な返事をした。だけど、本当のことで今日の私の私服は至って普通だ。いつぞやのときみたいにワンピースなんかは用意していない。けれど、倉木さんは私の回答を聞いて笑ってくれた。

「いいよ、そのままで。じゃぁ、仕事が終わったら、前に一度会った西フロアの第五小会議室に来て。待ってるから」

 言い終わるのと同時に倉木さんは急ぎ足で階段の方に向かう。どうやら外に出るらしく、エレベーターを待つよりも早いと判断したらしい。

 私はその後ろ姿をじっと見送る。困った、私はまだ行くってちゃんと返事したわけでもないのに。

 そんな心の声が聞こえたのか、角を曲がるところで倉木さんがこちらに向き直してくれたので、私の心臓は跳ねた。

 そして視線が交わったところで、倉木さんはふっと笑って軽く手を振ってくれた。しかし私はなにも反応できない。それが自分に対してのものだと気づくまでにしばらく時間がかかったからだ。

 倉木さんが視界から消えて、私は自分の頬にそっと手を触れてみる。するとやっぱり熱かった。さらに心臓が掴まれたように痛くて苦しい。

 駄目だって分かっているのに。ヒーローに恋なんて不毛だ。ヒーローは誰のものにもならないんだから。

 エレベーターに足を進めながら、倉木さんに会うのが怖い反面、やはり会いたい気持ちもあって、私の心の中も複雑な感情がごった返していた。
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