ミツバチのアンモラル
 
 
……酷い男だ。圭くんは本当に。


「酷いね……圭くんは」


「……」


「記憶があってもなくても私はきっと変わらないと思うけど、それはもうどうでもいい」


「っよくないだろうっ」


「いいんだよ」


私も相当だけれど、圭くんは勝手だ。
勝手に私を想って、勝手に決めた距離を作る。勝手に私が笑顔でいることを願いながら、圭くん自身がそれをさせないでいる。
本末転倒なのだと気づいていても、そこには目を瞑るんだ。だってそうしないと、傍にいられないから。甘い蜜を与え離れられなくして絡めとり、私を境界線上で縛る。大切な妹だと呪いを施しながら。


「私に好きだと言わせないのが、酷い」


わかっていたくせに。


「私を好きだと言ってくれないのが酷い」


わかったというのに。


「それはっ……、……華乃があんな辛い目に遭うのは、もう嫌なんだ……」


腹が立つ。冷静に考えれば圭くんの気持ちだけで不幸になるはずはない。現状の選択のほうがよっぽど悪いものを引き寄せている。
――それでも圭くんは、今のほうがいいと思っているのだ。たとえ全てが歪でも。
それほど、目の前で起きた私の事故はトラウマとなって、そのときにあった感情がきつく織り込められた。もう、それは呪いのようだ。




「事故なんかなくても圭くんがしてることで私は辛い。私を好きだと言わない圭くんが。言わせない圭くんが。私に触れずに他の女にそれをするのが。――圭くん」


「華……」


呪いに囚われてばかりの圭くんに、私がそれを解除してあげられるだろうか。


現状を否定され、茫然と私の名前を紡ごうとする圭くん。全てを言い終える前に、その唇を奪った。


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