愛し君に花の名を捧ぐ
「王からの書状はたしかに受け取った。のちほど返信を届けさせよう。して、姫の滞在はどのくらいを予定しておられる? 歓迎の宴の席を設けようと思うのだが」

「え……?」

 苑輝と話し出してから終始浮かべていたリーリュアの微笑みが強ばる。不安げな視線が、祖国アザロフから同行していた葆の官人を探して彷徨う。

 険しい顔が並ぶ中に、冷たく感じるくらいに整った若い文官の顔を見つけたが、素知らぬ顔を返される。
 しかたなく、リーリュアは自分で疑問の答えを得ることにした。

「わたくしはこの国へ、苑輝様に嫁ぐために参ったのですが」

 一度は玉座に戻した翠緑の目を、非難を込めて再び文官へと移す。彼女の視線を追った苑輝が、苦々しげに舌打ちする。静かな殿内には、その小さな音さえ響き渡った。

「李《り》家の差し金か」

 呟きに、件の文官とその前に立つ初老の男が目礼で応えた。

 苑輝は深いため息とともに玉座の背にもたれかかり、片手で額を覆う。大きな手で隠れた両目は、軽く閉じられていた。

「すまない、西の姫」

 弾かれたように顔を前方に戻したリーリュアは、低く重い声に耳を傾ける。

「どうやら手違いがあったようだ。姫を葆に迎えることはできない」

「それはいったい……」

 呆然とするリーリュアに、葆の皇帝は冷ややかな眼差しと冷酷な事実を突き付けた。

「あなたを后にすることはできない。速やかに国元へ帰られよ」

 言葉を失した彼女の脇を、苑輝は一瞥も送らずに通り過ぎる。それを追いかけることもできず、ただただリーリュアは立ち尽くしていた。

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