愛し君に花の名を捧ぐ
「そうです。十年前の当時でさえ、姫さんの父君、アザロフ国王のいまのお歳より上の方の花嫁にされるところだったんですよ。それも正室ではなく、すでに幾人もいた妃嬪のおひとりとして」

 初夏だというのに、ぞわりと袖の中で鳥肌が立つ。年齢差や置かれる地位などよりも、いくら政略結婚とはいえ、非情で残忍な性格だと多くの人の口に上るような者に、あの優しい姉は嫁ぐところだったのだ。

「帰国の際に姫君を連れて帰らなかったのも、苑輝様の独断でした。さすがに、異母妹《いもうと》君よりも若い姫を父親に差し出すことを躊躇われて」

 その判断が、結果としてアリーシャを救ったのかもしれない。いまは隣国の王太子妃として幸せに暮らしているはずの姉のかわりに、安堵のため息を吐き出した。

「ただね、姫さん」

 剛燕が卓の上に両肘をついて組んだ手の上に顎を乗せ、真っ直ぐにリーリュアを見据える。

「それもこの国では特別なことではないんですよ。理由が公的でも私的でも、必要とあらば複数の妻を娶ることが許されている。それが皇帝という至高の地位にあるお方なら余計に」

「……知っています。ここへ来る途中で、李博全から後宮のあり方を教わりましたから」

「あの石頭。ホント容赦ねえな。――で、それを知っても姫さんは葆へ来た。陛下の后になるために?」

 表情を硬くするリーリュアとは逆に、剛燕の口調はすっかりぞんざいになってしまっているが、問いかける瞳は真剣だ。茶で潤したばかりのはずの喉が、やけにひりひりと渇く。
 こくん、と唾を飲み込んでから姿勢を正した。

「わたくしは、アザロフの王女としてここへ来ました。国によって様々な習慣があるのは当然のこと。そこにいちいち異を唱えていては、国と国を結ぶ架け橋になどなれません。その覚悟はあるつもりです」

 ちゃんと王女らしく言えただろうか。リーリュアは、最後、震えそうになった唇を引き結ぶ。
 剛燕が組んでいた手を解き、長嘆息と独り言を吐き出した。

「大人になったんだなあ、姫さんも。でも、なんかちょっとつまんねえな」

「え?」

 真意を訊ねる前に、剛燕は席を立つ。

「姫のご意思の固さはよくわかりました。あなたを皇后にと推挙した責任もありますし、早急に苑輝様とのお目通りが叶うよう手配いたしましょう」

 葆の形式で辞去の礼をとってから、解いた片手でリーリュアの金色の頭を撫でる。

「せっかく、これだけ上手にしゃべれるようになったんだもんな。十年分の想いを全部ぶつけてみればいい。もしかしたら、あの頑固者の陛下のなにかを変えられるかもしれない」

 剛燕は言いたいことだけを早口で告げ、殿舎を出ていってしまった。
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