愛し君に花の名を捧ぐ
 翌日。劉剛燕は再び、アザロフ一行が宿舎として仮住まいをしている殿舎を訪れた。

「その大荷物はなに?」

 房に大きな櫃を運び入れられたリーリュアは、興味津々で蓋を開けてみる。中には色鮮やかな絹の衣、精緻な細工も見事な歩揺や笄などが、目一杯に詰められていた。

「どうせ陛下にお目通りするなら、着飾ってみてはどうかと思いまして」

 ニヤリとヒゲの下で口角を上げ、衣を一枚手に取る。ふわっと空色の上襦が広がった。やや色の濃い青色の糸で花輪が刺繍された愛らしい品だ。

「嫁が若いころに着ていたものなんでちょっと身丈が足りないかもしれませんが、そこは颯璉が上手くやってくれましょう」

「え? おっさん、結婚してたの!?」

 キールが些細なところを気にする。

「おう! もうすぐ三人目の子どもが産まれるぞ。女、男ときたから、今度はどっちかな」

 二十代半ばと思われる剛燕の私生活を思わぬ形で知ることになったキールは、地味に落ち込む。

「では殿方は、外に出てらしてくださいませ」

 半ば無理矢理連れて来られたらしい颯璉が、男たちを房から追い出した。
 颯璉の指揮の下、アザロフのものとはまったく様相の異なる衣服や装飾品に、侍女たちは四苦八苦しながらリーリュアの身支度を始める。

 空色の襦に合わせるのは、裾に向け薄い桃色のぼかしが入った白い長裙。胸元で締める桔梗色の帯の部分には、小花の刺繍が散りばめられている。

 緩やかに波打つ柔らかい髪は、耳から上で髷を作り、残りを背に流す。動くたび涼しげにしゃらりと音を立てる金歩揺を挿し、揃いの耳飾りも着けた。

 素肌の白さと滑らかさを活かし、白粉は最小限に控えた顔《かんばせ》の仕上げにかかる。

『紅はどうしましょう』

 幼いころから仕えてくれている侍女が、リーリュアを通して颯璉にお伺いを立てた。

「陛下は、あまり華美なものをお好みになりません」

 そう言って彼女が手にした紅の色は極薄い。それでもリーリュアの唇に塗れば、たちまち咲き始めの花びらのように色付いた。

 最後に、秀でた額の中央に紅い花鈿を施し完成する。

 人形のようにされるがままだったリーリュアは、自分から手を離した侍女たちが、なにも言わないので不安になった。

『……似合わない?』

 その言葉が合図だったかのように、次々に主人の美しさを讃えだす。
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