愛し君に花の名を捧ぐ
 颯璉は渋い顔をしたが、日陰に広げた毛氈の上でリーリュアは皆と茶を楽しんだ。思悠宮のすぐ脇を流れる小川で冷やした果物も用意され、その瑞々しさと甘みに舌鼓を打つ。

「おっさ……剛燕様の奥方様はとても小柄な方で、そのうち熊に踏み潰されるんじゃないかって、劉家のみんなが心配しているんですよ」

「そうなる前に、こっちが斬り殺されるわ」

 リーリュアが、自分のように習慣のまったく異なる葆での生活に戸惑っているのではと心配するので、キールは剛燕の邸での生活を面白おかしく話して聞かせる。

「チビはチビたちの面倒をみるのがうまくて助かっています。倅の剣の相手にちょうどいい」

「チビチビ言わないでください。でもすごいんですよ、義侑《ぎゆう》様。まだ三つにもなっていないのに、ちゃんと剣を持てるんです」

 熊だチビだと言い合うが、武人としての気は合うらしい。剛燕の元なら大丈夫だと、リーリュアは安心する。
 後宮に入ってからというもの、こんなにも楽しくおしゃべりして笑ったことがあっただろうか。リーリュアの顔に明るい笑顔が戻っていた。

「……剛燕。来ていたのか」

 その場にいた者の顔が一斉に声のした方向を向く。それまで無礼講で茶を囲んでいた侍女たちが、さっと下がって拝跪した。
 ひと呼吸遅れてリーリュアたちも頭を下げようとするが、そのまえに皇帝本人から制される。

「邪魔をしてしまったか?」

「いえいえ。陛下も一服、ご一緒にどうです?」

 先触れもせずやってきた苑輝にも、気易く同席を勧める剛燕にも颯璉は眉をひそめるが、苑輝が躊躇いもなく座ってしまったため、渋々といった体で茶の用意を始めた。

「新しい従者というのは、おまえだったのか」

 唐突に訪れた間近での皇帝との対面に、どうしたら良いものかキールが焦る。

「あ、え、その……。その節は失礼しました」

「立派な青年になったな。私も年を取るはずだ」 

 ぎこちないながらも世間話を始める横で、リーリュアの鼓動がまた速くなっていた。あれほど会いたいと願っていたはずなのに、いざとなるとなんと声をかけたらいいのかわからない。
 顔を上げ口を開いては、なにも言えずに閉じて俯くことを繰り返していた。
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