愛し君に花の名を捧ぐ
「本日は突然のお越し、いかがなさいましたか」

 颯璉の問いではっと顔を上げる。苑輝が自発的にここへやってきたのは初めてのことだ。

「ああ。屋根が壊れていると聞いたので様子を確かめに。どうだ?」

 心なしか歯切れ悪く答える。

「あまり良い状態ではありませんね。オレではお手上げです。詳しい者に任せた方がいいと思いますよ。早急に対処するか、ほかに遷っていただくことを考えられては? 空いている宮はいくらでもあるでしょう」

「そう、だな」

 苑輝は思案顔で返事をするが、あまり乗り気でないようだ。 

「……え? どういうことですか」

 キールはふたりの会話に割って入る。自国の姫の扱いに不審を感じたのだ。

「リーリュア様を后にしておいて、わざとこんな場所に住まわせているというのですか?」

「キール、止めて」

 慌ててリーリュアが間に入ろうとするが無駄だった。キールは苑輝に問い詰めるような視線を向け続ける。

「后にはしていない。客人として、後宮に招いただけだ」

「そんな! だって……」

 キールが信じられないような目でリーリュアを見る。こんなに大勢の前でわざわざまだ処女だと明かされたリーリュアは、赤くなった顔を背けた。

「国へ帰って新たな嫁ぎ先をみつけることに、なんの問題もないだろう」

「そんなおかしな理屈が通るとでも? 我が国を、リーリュア様をバカにしているんですかっ!?」

「キール!!」

 いくらなんでも不敬がすぎる。リーリュアが止めさせようとするが、今度はその苛立ちがリーリュア自身にも向けられた。

「だから一緒に帰ろうって言ったのに。姫様も、なんでいつまでもこんなところにいるんですか。こんな人と結婚したって、幸せになんかなれるはずがない!」

「止めなさい! それ以上はわたくしが許しません」

 ぴしゃりと言い放ち、リーリュアは苑輝の前に跪く。そんなことをする彼ではないと信じているが、状況的にはこの場で首を刎ねられてもおかしくはない。周囲に緊張が走る。

「誠に申し訳ございません。この者が国へ帰らなかったのはわたくしの不行届。即刻葆から出国させアザロフへ戻しますので、この場は私に免じどうかご容赦を」 

 苑輝は叩頭したリーリュアの頭を上げさせた。細めた目を向けられたキールがその圧に顎を引く。

「いや。その者の言うとおりだ。西姫は私と一緒になっても不幸になるだけと、彼女にも先日伝えてある」

 キールの暴言にも冷静を崩さない苑輝の顔は、微笑んでいるようにさえ見えた。

『なんだよ、それ。リーリュア様は、そんなんでいいのかよ!?』

 キールはリーリュアの腕を掴み引っ張り上げる。

『行こう』

 リーリュアは必死に振り解こうと抵抗するが、大人になったキールの力には敵わない。引きずられるようにして、外朝へと続く道が通る木立の奥へ連れて行かれた。
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