愛し君に花の名を捧ぐ
◇ ◇ ◇
まるで十年以上前の出来事が再現されたかのような光景に、残された苑輝と剛燕は顔を見合わせた。
「いいんですか? 連れて行かれてしまいましたが」
剛燕は自分の従者の愚行を詫びるでもなく、追いかけることもせずに首を伸ばして、ふたりが消えた方向を吞気に見やる。皇帝に従ってきた侍従も困惑気味だ。
「いっそこのまま戻らなければ良い。同郷で年頃もちょうどいいではないか」
苑輝は冷めてしまった茶を啜り、薄い水色《すいしょく》の水面に目を落とした。
「現在の世情なら、あの国も無理に姫を外に出さなくてもやっていけるだろう。むしろ、手元に置いておけるのなら喜ぶのではないか」
「父親は将軍でも、チビはまだ一兵卒らしいのですが」
「おまえからみて、それほど見込みがない男なのか?」
訊ねられた剛燕はニヤリと片方の口角をあげ、楽しそうな顔になる。
「そうですね。ウチの隊に入れて、叩き直したいくらいには」
「……それは、少々もったいないことをしたな」
禁軍の中でも、剛燕が率いる軍は精鋭揃いだ。彼にそう言わせるのならば、国に帰っても将来は安泰に違いない。立ち上がろうとする苑輝を、剛燕が見上げる。
「まさか、若い者は若い者同士、なんて年寄り臭いことをおっしゃるんじゃありませんよね」
「実際、彼らからすれば年寄りだろう」
キールから苑輝に向けられた敵意は、清々しいほど真っ直ぐだった。リーリュアへの一途な想いだけが彼からひしひしと伝わり、苑輝には眩しく感じた。周りを顧みない浅はかな言動さえ、これが若さなのかと羨ましくもなった。
「そんなこと言ったら、李のオヤジ殿に懇々と説教されますよ」
「宜珀か。それは……面倒だな」
先帝の代からの重臣はまだまだ現役で、政の中心を担っている。彼からしてみれば、在位十年になる苑輝とてまだ青い若造だろう。
「ですが、年齢差を気にするようになられたんですねえ」
剛燕のかららうような口調に、怪訝な顔で苑輝が「なんのことだ」と反論する。
「あちらは、そんなことこれっぽっちも頭になさそうですが」
まるで十年以上前の出来事が再現されたかのような光景に、残された苑輝と剛燕は顔を見合わせた。
「いいんですか? 連れて行かれてしまいましたが」
剛燕は自分の従者の愚行を詫びるでもなく、追いかけることもせずに首を伸ばして、ふたりが消えた方向を吞気に見やる。皇帝に従ってきた侍従も困惑気味だ。
「いっそこのまま戻らなければ良い。同郷で年頃もちょうどいいではないか」
苑輝は冷めてしまった茶を啜り、薄い水色《すいしょく》の水面に目を落とした。
「現在の世情なら、あの国も無理に姫を外に出さなくてもやっていけるだろう。むしろ、手元に置いておけるのなら喜ぶのではないか」
「父親は将軍でも、チビはまだ一兵卒らしいのですが」
「おまえからみて、それほど見込みがない男なのか?」
訊ねられた剛燕はニヤリと片方の口角をあげ、楽しそうな顔になる。
「そうですね。ウチの隊に入れて、叩き直したいくらいには」
「……それは、少々もったいないことをしたな」
禁軍の中でも、剛燕が率いる軍は精鋭揃いだ。彼にそう言わせるのならば、国に帰っても将来は安泰に違いない。立ち上がろうとする苑輝を、剛燕が見上げる。
「まさか、若い者は若い者同士、なんて年寄り臭いことをおっしゃるんじゃありませんよね」
「実際、彼らからすれば年寄りだろう」
キールから苑輝に向けられた敵意は、清々しいほど真っ直ぐだった。リーリュアへの一途な想いだけが彼からひしひしと伝わり、苑輝には眩しく感じた。周りを顧みない浅はかな言動さえ、これが若さなのかと羨ましくもなった。
「そんなこと言ったら、李のオヤジ殿に懇々と説教されますよ」
「宜珀か。それは……面倒だな」
先帝の代からの重臣はまだまだ現役で、政の中心を担っている。彼からしてみれば、在位十年になる苑輝とてまだ青い若造だろう。
「ですが、年齢差を気にするようになられたんですねえ」
剛燕のかららうような口調に、怪訝な顔で苑輝が「なんのことだ」と反論する。
「あちらは、そんなことこれっぽっちも頭になさそうですが」