愛し君に花の名を捧ぐ
 閃光で室内が一瞬明るさを増し、雷鳴が轟く。戸板に当たる雨音で横殴りの雨が降っているのがわかった。

 雷は、雷珠山山麓に広がる永菻の夏の風物詩ともいえる。ここで生まれ育った者たちにとっては、空を切り裂く稲光も、耳をつんざくような雷鳴も慣れっこなのだが、今夜の雷は、数年に一度あるかどうかというくらいに激しいものだった。

 嵐の中、訪いが告げられる。開けられた扉から吹き込む風で、灯火が大きく揺れた。そのうちのいくつかは消えてしまったようだ。

「拝謁のお許しに感謝いたします」

「こんなときにまで仕事とは、相変わらず熱心だな」

「陛下は、こんな時分から御酒などお珍しい」

 いつもなら苑輝はこの時刻、まだ執務中だ。それが私室に戻って盃を傾けている。

「さすがにここまでうるさくては敵わん。博全もともにどうだ?」

 侍従に新しい酒盃を持ってこさせようとするが、博全は丁重に断りを入れた。

「大変光栄なのですが、その前にご報告をさせてください。庚州の件です」

 州名が出たと同時に、苑輝は盃を卓子に置く。その横に博全は巻子を広げた。

「先日、庚州へ派遣した御史がようやく戻って参りました。密かに探らせていたところ、やはりあの訴えに間違いはないようです」

 細かく記載された数字を博全が説明する。
 博全がアザロフに向け旅立つ前に、州内にある鉱山の関係で不正があると、庚州の文官から密告が届けられたのだ。

「ずいぶんと人夫の数を水増ししています。十分な国からの補助を受け取っているはずですが、それは末端まで届いていないようです。少ない人数を劣悪な環境で働かせていることがわかりました」

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