愛し君に花の名を捧ぐ
 葆では鉄は専売制となっている。採掘も製鉄も国の指揮の下で行われていた。それゆえに、関わる費用も多くが国庫から持ち出される。それを不正に受け取り、懐に入れている者がいるとの訴えだった。

「これからさらに過去の記録などと照らし合わせて詳細を調べてみますが、ほかにも横流しや採掘量の改ざんなどもありそうです」

 苑輝は並べられた文字を目で辿る。庚州の鉱山は国内にいくつもある内のひとつだ。だからといって、おざなりな管理をしていたつもりはないが、多忙な政務のひとつとして流してしまっていたのかもしれない。己の意識を反省する。

「長旅から帰ったばかりなうえ、直接の管轄ではない博全に手を煩わせてすまないな。ここまで詳しい数字を調べるのは骨が折れたのではないか? 自分の仕事もあるだろうに」

「お気遣いくださりありがとうございます。昨年までいたところですし、比較的手も口も出しやすいので、特に問題はありません」

 引き続きの調査を命じて、苑輝は酒盃に手を伸ばす。
 いまの地位について十年。片付けなければならない問題は消えることはない。

「――止まぬな。雨漏りは直ったのだろうか」

 表の嵐は衰える気配をみせない。酒気とともにリーリュアを気遣う心の内が漏れ出した。
 それを聞いた博全が、訝しげな表情を作る。

「その件で、少々確認をしておきたい点が……っ!?」

 格子戸越しでも目が眩むほど鋭く外が光り、ほぼ同時に殿舎が揺らぐような轟音に見舞われた。

「近いな」

「まさか、落ちましたか」

 雷の多い永菻でも、宗廟に封じられている龍の加護により、皇宮に落ちることは滅多にないといわれている。

 揃って眉をひそめていたふたりの元に、ずぶ濡れの急使が届いた。


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